2-11.異世界は波瀾万丈

「今日は何をしようかな?」


 テントの中で浮かんで眠るクゥのほっぺをつんつんしながら、今日の予定に考えを巡らせる。


 昨日は魚をゲットできたけど、弁当類を複製するには量が足りない。

 やっぱり大物を狙うなら湖の方が良いだろうか?


 塩も欲しいけど、こんな大森林の真ん中に岩塩があるとも思えない。

 ネット小説で森の地面の下に岩塩層があるお話もあったし、可能性はゼロでもないんだろうけどさ。


「よし、決めた」


 まずは動物性タンパク質のゲットからだ。


 オレは複製した紅茶とアンパンで手早く朝食を取り、テントを畳んでお風呂セットや道具類をインベントリに収納する。


「あぐあぐあぐ」


 あんこが上顎にくっつくのか、クゥがアンパンに苦戦していた。


「ねとあま~」


 それでも味は好みだったらしく、最後までアンパンを離さなかったけど。


 クゥが食べ終わるのを待ってキャンプ地を出発する。


 果物は二〇個くらい確保したし、また欲しくなったらここに来ればいいだろう。

 クゥを待っている間に、果樹の先端に目立つ布を巻いておいたから、空からならすぐに見つけられるはずだ。





「大物はいないかな~?」


 湖に出てから、クゥに手伝ってもらって湖の中をパッシブ・サーチする。

 水中だと抵抗があるのか、空中よりもサーチ範囲が狭い。半分まで下がるわけじゃないけど、広い湖を探すには沖合まで出る必要がありそうだ。


 三つの魔法を維持するのはわりと疲れるし、クゥに沖合まで連れて行ってもらってから、ボートの上でパッシブ・サーチを使おう。

 ボート用の船外機の燃料が複製できたら、ボートで沖に行くんだけど、まだ燃料の複製ができないんだよね。カセットガスのガスは空の缶と葉っぱと水で複製できたから、こっちは硫黄か何かの元素が足りないんだと思う。


「クゥ、大物を狙うから湖の上まで運んで」

「お任せあれ~」


 いつものように密着結界を張って浮遊し、クゥに頼んで沖合に出る。

 周囲がよく見えるように、少し高めを飛ぼう。


「見てみて~」

「何を――おおっ、なんだ、あれ?」


 湖に巨大な魚影を見つけた。


 いや、でかくない?


 なんかイルカどころか、小型の鯨くらいあるんだけど。


 確かに「大物を狙う」とは言ったけど、ここまで大きいのは想定外だ。


「あっ」


 オレ達が見ているのに気づいたのか、魚影が身を翻して深いところに潜ってしまった。


「逃げちゃったか」

「来るぅ~」


 水中の影が急速に濃く大きくなり――。


「げっ」


 ――水面を突き破って飛び出してきた。


「あっぶなっ」


 牙のいっぱい並ぶ歯が、縮こめたオレの足先ギリギリで、ガチンッと噛み合わされる。

 重力に負けた巨体が湖面に落下し、出てきた時よりも激しい水飛沫を上げた。


 怖ぇえええ。


 サメ映画は好きだけど、食われる役は御免被りたい。

 高めの高度を浮かんでいて良かった。浮遊魔法の上昇速度は遅いからね。


 漫画やアニメの主人公なら、これ幸いと狩るんだろうけど、今のオレには二つの魔法を維持したまま、あの短い時間で攻撃魔法を発動するのは難しい。

 絶対に焦りまくって、途中で噛んで詠唱を失敗すると思う。


「来るぅ」


 クゥがオレの袖を引っ張りながら言う。


「分かってる」


 湖面に消えた巨大魚はまだ諦めていない。

 さっきより浮遊高度を上げたとはいえ、安心できない。


「来るってば~」


 クゥが激しく袖を引っ張った。


「分かってるってば」


 イライラして振り返った視線の先、巨大な爬虫類の顔が至近距離にあった。

 さっきの巨大魚の牙が可愛く思えるような、凶悪な牙が――。


 ――視界が暗転した。


 上下左右から凄い力で圧迫される。

 密着結界があるから押し潰されずにいるけど、手も足も動かす事ができない。


 何? どういう事?


 もしかして、さっきの怪獣に食われた?


 どうしよう? どうしたらいい?

 このまま怪獣の胃袋で溶かされて排泄物エンドは勘弁してほしいんだけど。


 このまま胃袋まで飲み込まれたら、胃液で密着結界が溶かされるかもしれないので、結界を少し膨らませて圧迫感を減衰させた。


 手が動かせるようになったので、ポケットから取り出したスマホの照明をオンにする。

 前に撮った胃カメラの映像みたいに、てらてらした肉色の壁面が見えた。

 怪獣も体内は人間と変わらないらしい。


「そうだ! クゥ、クゥは大丈夫?」

『クゥは大丈夫~。セイは~?』


 クゥの念話が届いた。


 念話と一緒に、赤い鱗の空飛ぶ爬虫類の映像が脳裏に浮かぶ。


「これは?」


 ――精霊と相性が良かったら、相手の視界を共有したり、声を届けてもらったりもできるよ。


 賢者ちゃんの言葉を思い出した。


 たぶん、この空飛ぶ爬虫類がオレを食べたヤツだ。


「賢者ちゃん」

『やっほ~』


 狭い場所で呼んだせいか、今日の脳内賢者ちゃんは小人サイズだ。

 フェアリーやピクシーみたいな妖精じゃなく、シャツにサスペンダー付きのズボンを穿いているのは何のコスプレなんだろう?


『大きな生き物に食べられると言ったら、ピノキオでしょ』


 なるほど、ピノキオのコスプレだったか。


『それにしても、いきなりドラゴンに食べられちゃうなんて、セイはなかなか波瀾万丈な人生を送ってるね』

「――ドラゴン?」


 クゥがアングルを変えたのか、空飛ぶ爬虫類の映像が後部上空から、ぐるりとパンして側方からのものに変わった。

 なるほど、この角度なら分かる。確かにドラゴンだ、これ。


「初遭遇のモンスターがドラゴンっておかしいだろう? 普通は角の生えた兎とかゴブリンとか、最悪でも猪か熊じゃないか?」


 思わず愚痴が出てしまったけど、これくらいの悪態は許されると思う。


「親は子供を滝壺に突き飛ばすし、竜はいきなり捕食するし、異世界は殺意が高すぎる」


 絶対に生き残ってやる。


 そして、必ず異世界スローライフを満喫してやるんだ。




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