2-10.異世界キャンプ

「フィーッシュ!」


 滝壺と違って、この川は魚が入れ食いだ。


 そうそう、こういうのでいいんだよ。

 魚との知恵比べなんて、釣れない時の言い訳で十分だ。


 小さいのはリリースし、イワナ似の川魚を何匹か確保する。


「まずは、火を熾して」


 さっき確保した枝を魔法で乾燥させ、アウトドアショップで買った点火棒チャッカマンと着火剤を使って焚き火を作る。

 前にアニメで見たを着火剤に使うのはやってみたかったけど、このあたりには無かったので断念したのだ。


 枝だとすぐに燃え尽きそうなので、小さめの丸太をインベントリから出して、エア・カッターと乾燥魔法で薪を作った。


「次に調理」


 釣った魚は料理上手な知人に調理して貰っていたので、魚を捌くのは久々だ。

 しめた後に川で洗ってぬめりを取り、一〇〇均で買った鱗取りで軽くこすって鱗を取る。


「締めるのは得意なんだけど――」


 次にお腹側に包丁を入れて、内臓わたを取る。

 幼児の小さな手だと普通の包丁は危ないので、一〇〇均で買った子供用の包丁を使う。


 串焼きにするなら、エラも取らないといけないけど、今回はホイル焼きを作る予定なので、そのまま頭を落とす。


 なかなか固い。


 幼児の力だと、イワナの頭を落とすのも大変だ。


 続けて、三枚に下ろす。


 ――切りにくい。


「うわっ、ガタガタだ」


 手が小さいからか、包丁の切れ味が悪いからか――たぶん、両方だろう。


「まあ、食べれば一緒だ」


 心の中でそんな言い訳をしながら、捌いた切り身をバターや野菜や茸と一緒に塩胡椒してアルミホイルで包む。


 ワタや頭はビニール袋に入れて確保しておく。

 これは複製素材にするので、後で圧縮魔法でキューブ化しようと思う。


「これだけだと味気ないな――そうだ」


 オレはインベントリから出したサツマイモをサクサクと複製し、ペットボトルの水で濡らしてからアルミホイルで包む。キッチンペーパーや新聞紙で包んでからの方がほくほくに焼けるんだけど、そこまでするのが面倒くさかったのだ。それは今度やろう。


 できあがった二種類のホイル巻きを焚き火に投入する。


 後は完成まで紅茶でも飲みながらまったりしよう。


「……風呂に入りたいな」


 浄化魔法で清潔にしているとはいえ、今日みたいに身体を動かした日はお風呂に入ってゆったりしたい。


 風呂桶候補はある。


 Yo-Tubeの釣りキャンプ動画で、FRP製のボートを湯船にして露天風呂を楽しむヤツがあった。

 奇しくも、インベントリに同じようなFRP製のボートがある。

 大人だと下半身が浸かる程度だけど、五歳児なら丁度良い湯船になりそうだ。


 湖の釣りではなく、風呂桶がデビュー戦なのがちょっと哀れだけど、ここは活用させてもらおう。


 ただ、問題はここからだ。


 バッテリー式のポンプはあるけど、まだ充電していない。

 発電機も未開封だし、今のオレには一からセッティングする気力はない。

 釣りキャンプ動画では金属製の細管に水を循環させて湯沸かしをしていたけど、あいにくホームセンターで買った商品に、そんな便利なモノはない。


「賢者ちゃん、お知恵を拝借――」

『日本人って変な風習があるんだね~』


 脳内賢者ちゃんがバスローブ姿で現れた。


 リアルの賢者ちゃん達は浄化魔法で時短をしていたそうで、水と燃料が豊富に使える一部の貴族くらいしか風呂やサウナを嗜まないそうだ。貴族でも盥のお湯で済ます人が大多数らしい。


『それで、日本はあんなに森が少なかったんだね』


 それは違うと思います。


「オレの手持ちの魔法でなんとかならないかな? 水はそこの川から汲み上げるとして、ファイアー・ボールで沸かすのは危ないでしょ?」


 水は沸くかもしれないけど、ボートが壊れそうだ。


『属性付与を使えばいいんじゃない? 剣とかに火属性を付与して水に突っ込んだらお湯が沸くと思うよ』

「それいいね!」


 剣は手持ちにないので、付与対象にバールを選ぶ。

 FRP製のボートに熱い金属を入れて穴が開いたらイヤなので、金属製のバケツをインベントリから取り出して、ウィッチ・ハンドで川の水を汲んだ。


「<…… 属性付与ダ・アットリブートム>」


 詠唱を完了したら、持っていたバールが燃え上がった。


「――熱っ」


 炎が吹き上がったのは、先端から三分の二ほどだが、持ち手の部分まで熱が伝わってくる。

 今は密着結界で守られているから大丈夫だけど、他の人の武器に属性付与する時は注意しないといけないね。


 バケツにバールを突っ込むと、激しい湯気と音を出して湯が沸いた。

 なかなかの温度らしい。


 ――ぴぴぴ、ぴ。


 スマホのアラームが鳴った。

 そうそう、ホイル焼きを作っていたんだった。


 湯沸かしを中断し、焚き火の方に戻る。


「できてるできてる」


 焼き芋は箸を刺して、すぅっと刺さったら完成だ。


 浄化魔法でホイルの周りの灰や汚れを払って、用意しておいた折りたたみ式のロー・テーブルに置く。

 ロー・テーブルとはいえ、今のオレには丁度の高さだ。


 今日食べる分以外は、冷えないうちにインベントリに収納し、入れ替わりでご飯を取り出す。

 炊飯器で炊いた分は茶碗に小分けしてあるけど、なんとなく落として割りそうな未来が見えるので、今日はレンジで温めておいたレトルトご飯を食べよう。


 お茶を入れ、紙皿の上に蒸し焼きにしたホイル焼きを開く。


「くぅ、いい匂い」

「呼んだ~?」


 美味そうな匂いに唸ったら、呼ばれたと勘違いしたクゥが飛んできた。


 丁度いいので、焼き芋の方をあげよう。


「呼んだよ、これ食べる?」

「甘い匂いする~」


 焼き芋を三分の一ほどで折って、皮を剥いてクゥに差し出す。

 アルミホイルは貴重な資源なので回収し、代わりに火傷をしないようにキッチンペーパーで包んであげる。


「熱いから気をつけて」

「ほくほくで、あまあまで、美味し~」


 クゥが一口囓って幸せそうに目を細めた。


 それがあんまり美味しそうだったので、魚の前に焼き芋に手を出してしまった。

 うん、ほくほくしていて実に美味い。


 やっぱり、シルクスイートは美味い。


 スーパーだと「紅はるか」っていう銘柄の焼き芋が多いけど、オレは「シルクスイート」の方が好みだ。

 行方市のふるさと納税で、何度か返礼品に選んだ覚えがある。個人的にはここのシルクスイートが一番美味しいと思う。

 もう食べられないかと思うと、なお一層食べたくなるね。


「喉を詰めないように、ゆっくり食べなさい」

「うん、ゆっくり」


 口ではそう言いながらも、クゥが口に焼き芋を詰め込む速度は衰えない。


「むぐぅ」


 クゥが芋を喉に詰めた。

 ほら、言わんこっちゃない。


「水を飲んで」


 クゥに水を飲ませる。

 ペットボトルの蓋がコップ代わりだ。


 ようやく落ち着いて食べ始めてくれたので、オレも焼き芋は置いて、ごはんと魚のホイル焼きに取りかかる。


 バターの良い香りがぷうんと鼻腔を刺激する。


 うん、この香りだけで優勝だ。


 これは美味い。間違いない。


「まずはメインの魚から」


 魚の切り身を、箸でつまんで口に運ぶ。

 前回の失敗を反省して、割り箸は短く詰めたので、小さい手でも丁度いい感じだ。


「美味い」


 バターのお陰で川魚の臭みが消えている。

 友人がやっていたように生姜を足したら、もっと完璧かもしれない。


 こんな事になるなら、「オレは食べ専だ」なんて開き直らずに、教えを乞えば良かった。

 まあ、料理の本はいっぱい買ったから、それで学べばいいだろう。


 異世界なら、時間だけはいっぱいありそうだからね。





 大満足なキャンプ飯を終え、お風呂の準備を終える頃には、日もどっぷり暮れてしまっていた。


 LEDランタンの照らす明かりの中で入浴だ。


「ふい~」


 久々のお風呂だからか、おっさんみたいな声が出た。


「クゥも入る~」


 興味津々で見ていたクゥが湯船に飛び込んだ。

 お湯の飛沫が顔を濡らす。


「ちゃぷちゃぷ~」


 ラッコみたいにお腹を上にして浮かんでいる。

 毛が濡れてぺったんこだ。


「いい気持ちだ」


 オレは湯船に寝そべって、肩まで浸かりながら夜空を見上げる。


「星が綺麗だ」


 新月なのか月は見当たらない。


 そもそも月があるのか――。


『――月?』


 気になったので賢者ちゃんに聞いてみた。


 今日の脳内賢者ちゃんは、お風呂タイムに合わせた入浴スタイルで現れた。

 残念ながら、バスタオルをきっちりと巻いているので、ムフフな部分は見えない。


「あるよ。地球の月より小さめで、大の月と小の月があるの」


 二つの月が重なる蝕の日は、魔物が凶暴になる危険日だそうだ。

 そういう不穏なのは結構です。


「――ふああっ」


 大きなあくびが出た。


 お腹がいっぱいな上に、お風呂で温まって眠気が襲ってきたようだ。

 クゥもお眠だ。空中に浮かんだまま眠っている。


 湯冷めしないように身体を拭き、ワンタッチの一人用テントを張って寝袋に潜り込んだ。


「おやすみなさい」




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