2-9.性能テスト
「手頃な目標物も見つけたし、さっそくテストに使おう」
湖畔にあった巨岩に向けて攻撃魔法を使う。
効果を客観的に判断できるように、攻撃前と攻撃後を撮影して記録を残す。
最初にエア・カッターを使ってみたけど、表面が削れるだけで切断まではいかなかった。
続けてファイアー・ボール、アイス・ジャベリン、ライトニング・ボルトを使う。
賢者ちゃんの記憶とは比べものにならないものの、界渡り前に日本で使った属性魔法よりは威力が上だった。
たぶん、世界にあるマナの有無だろう。
残りの攻撃魔法は賢者ちゃんセレクトの「異世界で役立つ魔法」シリーズにあった「マナ・ショット」と「ディメンジョン・カッター」と「ディストーション」の三つだ。
この三つは使った事がないので、賢者ちゃんにアシストしてもらおう。
『
白い付け髭の老魔法使いコスプレをした脳内賢者ちゃんが、魔法の解説をしてくれる。
『
「解体? 倒す時じゃなくて?」
『次元斬は発動までが長いから、ブレスとか竜魔法で邪魔されちゃうわ』
リアルはターン制のゲームじゃないしね。
「まずはマナ・ショットを使ってみるよ」
『それじゃ、りぴーとあふたーみー、だよ!』
脳内賢者ちゃんの詠唱に追従して魔法を使う。
<我が身に眠る万能なるマナよ
万物の
――マナ・ショット>
スリングショットくらいの速さで弾丸が飛び、岩の表面を抉った。
「銃弾よりは遅い?」
リアルで銃弾なんて見た事ないけどさ。
『「
「おお、それはいいね」
さっそく、試してみた。
「――う~ん?」
なんだか狙った場所に飛ばない。
『速度を上げると、マナで形成した弾丸が空気抵抗を受けるんだよ』
絶望した! 魔法の癖に、物理さんに敗北するなんて!
『速度を上げて、なおかつ命中率を良くしようとしたら、弾丸の形とか色々と工夫が必要になるね』
ライフル銃みたいに弾を回転させるとか?
『まあ、普通の相手なら、デフォルトの速度で十分だよ』
「そうだね」
当たらなければ意味がないって赤い人も言っていたし。
続けて、マナ・ショットに込める魔力を変えてみた。
魔力を増やすほど、威力と弾丸の口径が上がるみたいだ。口径を上げると、さっきの速度アップの時と同じく、空気抵抗の問題で命中率が下がる。
「大砲サイズのはちょっと疲れるね」
『それはマナを使うのに、身体が慣れてないからだね』
そのうち慣れると賢者ちゃんは言う。
少し休憩してから次元斬を使う事にした。
「<……
ちょっと長めの詠唱で、空間切断系の魔法を使うと、さっくりと岩が切断できた。
一見無敵の攻撃魔法に見えるけど、賢者ちゃんが言うように発動に時間がかかるし、射程が短めなので対峙しての戦闘には向かないというのも分かる。
たぶん、対人戦ならエア・カッターやマナ・ショットの方が便利なんじゃないかな?
そんな機会は無いのが一番だけどさ。
落ちた岩も複製素材にしようとウィッチ・ハンドを使ってみたけど、重すぎて無理だった。さすがに一トン近い岩を持ち上げるのは無謀だったらしい。
「せっかくの成果を無駄にするのもな~」
思案して思い出した。
日本で魔法陣を描く為に整地した時の魔法にいいのがあった。
「<……
呪文を唱え終わり、発動句を唱えると、地面がせり上がって巨大な腕となる。
アース・ハンドの魔法だ。
これは地面に生えたロボット・アームのようなもので、ウィッチ・ハンドより器用さが劣るものの遥かに力持ちなのだ。
オレはアース・ハンドで岩を持ち上げてインベントリに収納する。
すぐにアース・ハンドを消すのももったいないので、アース・ハンドをショベルカーのように使って砂を集めて麻袋に収納しておいた。これはガラスや陶器の複製素材用だ。
「ついでに木も回収するか――」
巨岩の近くに、手頃な樹木がある。
複製素材用に湖沿いの木をエアカッターの魔法で切り倒す。
巨岩相手だと表面を抉るくらいしかできなかったけど、自分の胴体くらいの太さの木なら一撃で倒せるようだ。
「クゥもやる~」
いつの間にか戻ってきていたクゥが、エア・カッターのマネをするが、威力はショボショボだった。
「にゅ~」
落ち込むクゥの頭を撫でて、切り倒した木の枝払いを手伝ってもらう。
クゥはチート枠ではなく、癒し枠らしい。
「アース・ハンドは解除しちゃったし」
少し迷ったけど、使い慣れたウィッチ・ハンドで樹木を運ぼう。
「――重量オーバー?」
倒木をウィッチ・ハンドで持ち上げてインベントリに収納しようとしたのだが、大きすぎて上手くいかない。
太さはそれほどでもないけど、長さは六メートルくらいあるからね。
ウィッチ・ハンドで片側を持ち上げてインベントリに突っ込み、途中で反対側を持ち上げて奥まで運び込んだ。
重量物の運搬は、アース・ハンドの方が向いてそうだ。
まあ、アース・ハンドは可動域が狭いし、腕自体が大質量を持つので運用する時は注意が必要だけどさ。
「クゥ、葉っぱはこっちの麻袋にいれて」
「お任せあれ~」
クゥが風を操って、枝から落とした葉っぱを器用に麻袋に回収してくれる。
一緒に砂や埃も入っているけど、些細な事だ。
葉っぱが無くなった細い枝はタコ糸で縛る。幼い身体だと難しかったので、ウィッチ・ハンドで押さえてなんとか縛った。
樹木はこれで十分だろう。
「――おわっ」
歩き出そうとして足がもつれて転んだ。
病み上がりで、ちょっと頑張りすぎたかもしれない。
「大丈夫~?」
「うん、怪我はしてないよ」
密着結界様々だ。
オレは三〇分ほど小休止してから、探索を再開する。
「――おっ、川だ」
途中に川が流れ込んでいる場所があったので、川沿いに遡ってみた。
川沿いに綺麗な石を見つけては素材用に回収する。
密着結界越しだからか、段ボール越しに掴むような感じで掴みにくい。これは複雑な手の構造に合わせて、密着結界を変形する精度が足りていないという事のようだ。
「果物だ」
川沿いの低木に、レモン似の柑橘類が生ってる。
「この果実は食べられるの?」
「これは酸っぱいやつ~」
クゥが酸っぱい顔をして離れていく。
「賢者ちゃん、食べられるか確かめる方法はある?」
『一応、診断魔法で毒物かどうかは分かるよ~。お腹を
看護婦さんのコスプレをした賢者ちゃんが教えてくれた。
「微毒は検知できないの?」
『本来の用途とは違う使い方だから、細かいのは識別できないのよ』
なるほど、まあ死なないレベルなら大丈夫だろう。
診断魔法で確認して、毒物は検出されなかったので一つもいで味見をしてみる事にした。
果実を手に取る。
「む、上手く剥けない」
どんな味か知りたくて皮を剥こうとしたんだけど、密着結界が邪魔で上手くできない。
手の結界を解除して、少し分厚い皮を剥く。
「――すっぱっ」
レモンよりは酸っぱくないけど、ちょっと苦みがある。
何か使い道があるかもしれないから、少し取っておこう。
隣の木にもスモモくらいの大きさの実がある。
こっちは少し甘い匂いだ。
「うわっ」
不用意に触ったら、手が真っ赤に被れた。
慌てて離れたせいで、近くの藪にぶつかる。
途端に、催涙弾のような刺激臭を伴うガスが周囲を覆う。
「な、なんだ?」
『落ち着いて、セイ。棘煙幕虫の有毒ガスは結界が防いでくれているから』
オレの求めに答え、脳内賢者ちゃんが助言してくれる。
「なんだか、手が痺れる」
『結界を部分解除してたからだね。落ちついて、治癒魔法を使えばすぐに治るわ』
紫色に腫れ上がった手を、賢者ちゃんセレクトの「異世界で役立つ魔法」シリーズの一つ「
この魔法は凄い。腫れがみるみるうちに引いていき、紫色だった手が元の肌色に戻っていく。
もっとも、詠唱が長い上に魔力消費量がやたらと多くて疲れるので、あんまり多用したくない。
「ふう、治った」
『セイ、初めて触る時は慎重にね』
「肝に銘じるよ」
近づくと催涙ガスのような臭いを出す虫や触れると被れる果実なんかがあるとは思わなかった。
異世界はなかなか油断できないね。
賢者ちゃんによると、「
オレは気を取り直して探検を続ける。
川沿いは明るいが、森の中は曇天の日みたいに薄暗い。川岸を離れると巨木に光が遮られるからか、森の奥の方は日本の森のような下生えがない。
「甘い匂いする~」
クゥが上流に飛んでいった。
オレも浮遊してウィッチ・ハンドで背中を押して追いかける。
「これ、甘い香り~」
クゥが果物の生る木の周りをふわふわ飛んでうっとり顔だ。
周りには同じような木が群生している。
「この果実は食べられるの?」
「大丈夫~」
先ほどの教訓を生かして診断魔法で確認してから触れる。
毒物は検出されなかったし、一つもいで食べてみよう。
――うまっ。
リンゴっぽい食感で桃みたいな味がする。
林檎桃って感じだ。
皮を剥いて小さく切り分けたのをクゥにあげる。
「美味美味~」
クゥが果物を食べてご満悦だ。
「ここをキャンプ地とする!」
そろそろ日が陰ってきたし、この辺でキャンプしよう。
果物を求めた野生動物が来る事を懸念したが、結界を張っておけば大丈夫と脳内賢者ちゃんが言っているので、ここに決めた。
果樹の近くに生えた木々や藪を、ウィンド・カッターでサクサクと倒してテントを張るスペースを作る。
クゥが飛び散った葉っぱや埃を風で吹き飛ばしてお手伝い。
「おっ、川魚だ」
果樹の近くの川で魚が跳ねた。
これはリベンジのチャンス到来か?
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