2-8.滝に別れを


「まあ、君子危うきに近寄らず、だよね」


 ムルゥー君の村らしき場所から接近する小集団を、風精霊クゥの協力で範囲拡張したパッシブ・サーチで発見した。


 こちらに来るかはまだ未定だが、接触する気はない。

 父親に殺されそうになったのもあるけど、幼いムルゥー君を迫害した村人達にも良い感情はないからだ。


「どこに行くか――」


 選択肢は二つ。村に戻るか、村から離れるか。


 当然ながら、ムルゥー君の村に戻る選択肢はない。今度は寝ている間に濡れた布を被せて殺されそうだ。


 多少は動けるようになったし、ムルゥー君の村から少しでも離れよう。


「――あれ?」


 気がつくとクゥがいなくなっていた。

 考え事をしている間に、どこかへ行ってしまったようだ。


「クゥ?!」

「呼んだ~?」


 慌てて呼ぶと、木々の向こうから戻ってくる。


「いや、いつの間にかいなくなってたからビックリしたんだ」

「そう?」


 クゥが首傾げる。


「心配したんだから」

「心配無用~。繋がってるから、呼んだらすぐ参上~?」


 ふわふわと風に乗って、滝の上をくるくると舞う。

 そのまま滝の上に飛んでいってしまった。


 クゥの「繋がってるから」という言葉を思い出し、クゥに意識を集中するとどっちにいるか大体分かる。

 なるほど、これが繋がっているという事か。


 クゥ本人が傍にいなくても、クゥの補助で強化された魔法はそのままみたいだ。


「それよりも撤収準備をしないと――」


 オレは滝裏の荷物を回収しに戻り、手早くインベントリに収納する。

 外に出る前に片付けをしておいて良かった。


 異世界の初滞在場所なので、滝裏をスマホのカメラに収めた。外の滝壺も撮影しておこう。


 砂地の複製素材は少し迷ったけど、放置していく事にした。

 ブルーシートや道具類だけインベントリに回収する。


「……歩いて行くのは無理だな」


 この幼い身体で、獣道さえない原野を進むのは論外だ。


「なら、あれしかないか」


 オレはパッシブ・サーチを解除してから浮遊魔法を発動し、木々の上ギリギリの高さを村とは反対方向に移動する。

 滝裏から出た時のように浮遊した身体を、ウィッチ・ハンドで押すやり方だ。


 やっぱり三つ同時を続けるのを難しい――とはいえ、安全の為にも密着結界は解きたくない。


 それに、浮遊してウィッチ・ハンドで押すやり方だと、自転車くらいのスピードが出るから、普通に森歩きをしている人間には追いつけないはずだ。


「クゥも手伝う~」


 何かの遊びだと思ったのか、クゥが風で背中を押してくれた。


 ――おおっ、楽ちんだ。


「ありがとう、クゥ。助かるよ」

「えへへ~。クゥ、偉い~?」

「うん、偉いよ」


 オレはウィッチ・ハンドを解除し、移動をクゥに任せる。


「クゥは凄いね」


 その一言が悪かったのかもしれない。


「だったら、もっと押してあげる~」


 クゥが本気を出したのか、急激に加速した。


 速すぎて怖い。

 木々の間を縫うように飛ぶのは勘弁してほしい。


 オレはバランスを崩さないように注意して、ゆっくりと浮遊魔法の高度を上げた。


 ――ふう。


 この高さなら怖くない。

 体感速度はよく分からないけど、時速三〇キロメートルくらいだろうか?


 すでに現在位置がどこか分からない。

 広大な森なのか端の方が霞んで見えないし、どっちを見ても同じに見える。それに、日本と違って遠景に山が見えないので、太陽以外に方向を知る術がない感じだ。


 オープンワールド系のゲームみたいに周辺の地図が欲しい。

 残念ながら、賢者ちゃんセレクトの「異世界で役立つ魔法」シリーズに、そのものズバリな魔法はなかった。


「クゥ、さっきの滝の位置は分かる?」

「滝の位置~? うん、わかるよ~」


 さすがは風精霊。あの速度でぎゅんぎゅん飛んでも位置関係はバッチリらしい。


 滝に戻る気はないけど、森の外縁方向は把握しておきたいからね。


「ところで、どこに向かっているの?」

「クゥは知らないよ~?」


 最初の方角からは逸れている気がしたので尋ねたら、クゥがクビを傾げた。

 どうやら、適当にオレの背中を押していたらしい。


「水場のある方向は分かる? さっきの滝とは別の方向で」

「ん~? あっち~」


 クゥが北の方を指さした。


「それじゃ、そっちに行こう」

「分かった~」


 凄い横Gがして、「ぐぇ」と変な声が出た。

 結界で守られていても、慣性は消しきれないみたいだから、注意しないとね。





「あったよ~」


 一時間ほど空を飛んで、そろそろ景色に飽きてきた頃、クゥが言った。


 木々の向こうにキラキラした光が見える。

 それは瞬く間に近づき、ある時を境に、急激に急激に広がった。


「――海だ」


 木々の向こうには、どこまでも広がる水面があった。

 さっきのキラキラは水面を反射する光だったのだろう。


 クゥが波打ち際を旋回する。


「クゥ、砂浜の上で止めて」

「分かった~」


 クゥに波打ち際で止めてもらい、ウィッチ・ハンドで微調整をしながら高度を下げる。

 せっかくなので、くるりと横回転しながら周囲の景色を、スマホでパノラマ撮影しておく。


「磯臭さがないって事は――」


 着地して、波打ち際に手を濡らし、味を確かめる。


「塩辛くない」


 ここは海ではなく湖らしい。

 対岸が見えないし、少なくとも琵琶湖なみに大きな湖のようだ。


 海だったら塩の補充ができたので、ちょっと残念。


「拠点にできる場所を捜す前に――」


 クゥに手伝ってもらって、周囲をパッシブ・サーチする。


 ――うん、誰もいない。


 大型の生き物もいないので、しばらくは大丈夫だろう。


「クゥ、危険な生き物が近づいたら教えてね」

「分かった~」


 クゥと一緒に果樹や野菜を捜して湖畔を歩く。

 肉料理の複製がしたいので、できれば草食動物を見つけたい。


 クゥは気まぐれで、何か気になるモノがあると、すぐにどこかに行ってしまう。名前を呼ぶと「呼んだ~?」と言いながら戻ってくるので、好きにさせている。


 湖畔を進むと、パッシブ・サーチに反応があった。

 インベントリから双眼鏡を覗くと、猪っぽい生き物が見えた。


 臆病な生き物なのか、双眼鏡越しに目が合った瞬間、森の中に逃げられた。


「初遭遇は逃走か……」


 まあ、逃げられて良かったかもしれない。猪は凶暴だって言うしね。


 護身の為にも、攻撃魔法が使えるかテストしよう。


 周囲を見回すと、少し先に大きな岩がある。

 攻撃魔法のテストに丁度良さそうだ。





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