2-3.滝裏の生活(2)

 ムルゥー君の身体で目覚めてから三日が過ぎた。

 定期的にパッシブ・サーチの魔法で周囲の安全を確認しながら、滝裏でノンビリと病人食で体力回復に専念している。


 あれから何度か、ムルゥー君の時の夢を見た。

 小さい頃から、フラッシュバック的に日本の記憶が蘇っていたようだ。そのせいで気味悪がられていたのかと思うと、我がことながら幼いムルゥー君に申し訳ない気持ちになる。


「反省終了。今日も病人食を食べますか――」


 二日で重湯を卒業して、今は水で倍に増量したお粥をちびちび食べている。栄養失調気味なので、もうちょっと胃腸が回復したらビタミン剤も飲みたい。

 飴が唯一の癒やしだ。ヨーグルトやプリンをもう少し買い込んでおくんだった。


 滝壺や川には生き物がいないのか、虫の姿を見かけない。

 鳥の鳴き声もない。ライジングする魚の姿もない。ただ滝の音がするだけだ。


 何か危険な生き物がいるのかも。


 初日に張った滝裏の結界は今も有効だ。

 脳内賢者ちゃんにお伺いを立てたら、当分は放置で大丈夫らしい。


 そういえば魔晶石を持っていないのに、普通に魔法を使っている。

 こっちは魔法を使うためのマナが豊富なのだろう。


「暇だ」


 寝るのも飽きた。


 いつものスマホは重すぎるので、予備のiQhoneミニで音楽を聴く。

 始めはダウンロードしておいた動画を見ようと思ったのだが、途中で気持ちが悪くなって止めたのだ。


 滝の音がうるさくて、音楽に集中できない。


 スマホで自撮りしたり、滝裏の景色を撮影したりして暇つぶしをしたが、すぐに飽きた。

 節電の為、インベントリにスマホを収納し、脳内賢者ちゃんに話を振る。


「賢者ちゃん、今の状態で何かできる事ない?」


 ボケッとしていると、うじうじと元の世界の事をごちゃごちゃ考えてしまうので、何かに集中して意識を前向きにしたい。


 もちろん、身体を動かす事以外で。


『うーん、魔力操作の練習でもしてみる?』


 脳内賢者ちゃんの指導で、暇潰しにマナを感じとる練習を始めてみた。


 何かほわほわしたモノが身体の周りに漂っている。


「マナってこれ?」

『うん、それ。ダダ漏れだね』

「それってまずいの?」

『隣町まで聞こえるような大音量で、テーマソングを奏でながら自己主張している感じかな?』

「うわ、それはヤバい」


 迷惑この上ないね。


「あれ?」


 だったら、あのおっさんはどうしてオレが生きているのに気付かずに立ち去ったんだ?


 そう疑問に思って尋ねたら――。


『死んでもすぐに魔力は拡散しないから』


 今は結界魔法に覆われているから、外側に残留した魔力はあと数日で拡散してしまうとの事だ。


『疑問は解けた?』

「うん、ありがとう。それじゃ、賢者ちゃん先生、ご指導お願いします」

『うむうむ、修業は厳しいがちゃんとついてくるのじゃぞ』


 老師なコスプレをした脳内賢者ちゃんが、付け髭をしごきながら指導を始める。


 疲れて眠くなるまでに、なんとか魔力の漏出を止められた。

 でも、完全に止めるのは難しい。


『まだまだ合格点には遠いけど、最低限の制御はできるようになったね』


 賢者ちゃんは至近距離のマナ・サーチですら見つからないほどの隠蔽ができるそうだ。

 それを目標に頑張ろうと思う。


「うん、ありがとう。明日からもよろしくね」

『任せなさい!』





 さらに数日が経った。

 危険な生き物が去ったのか、虫の声がするようになった。


 今では朝のお粥に、消化の良いだし巻き卵やスプーンで潰した煮豆なんかを付けている。


 食べる量が増えると出すモノも出てくる。

 トイレはインベントリの携帯トイレを使用中だ。六〇日分のケースを三パックくらい持ち込んでいるので、今回は複製せずにそのまま使用した。

 ポータブルの水洗トイレもあるが、箱から出してセッティングするのが面倒で携帯トイレの方を使っている。


 排泄物はゴミ袋ごと、乾燥魔法と圧縮魔法でキューブ化してインベントリの生ゴミ領域に破棄している。元気になったら、穴を掘って埋めよう。


「そろそろ風呂に入りたい」


 川で水浴びしたら溺れそうだから、浄化の魔法で身体を清潔にした。

 さっぱりするけど、ちょっと物足りない。


 身体を動かしたら、なんか砂みたいなサラサラしたモノが袖口から零れた。


「何、これ? 砂でも入ったのかな?」


 どこからって話だけど。


 ズボンの裾にも溜まってる。

 脱いでみたら、スウェットの中が砂まみれになっていた。


 おかしい、昨日までこんな砂はなかった。

 それは断言できる。


 なら、原因は一つだ。


「賢者ちゃん、浄化の魔法って使うと砂が出るの?」

『砂? たぶん、垢とか老廃物が結晶化したヤツだと思うよ。普通は目に見えないくらい小さい粉のはずなんだけど』


 つまり、ムルゥー君は長らく行水をしていなかったって事か。


 今度からは寝床から離れた場所で浄化魔法を使おう。





「賢者ちゃん先生、今日もよろしく」

『おっけー、いつもどおり魔力操作一〇セットが終わったら、ウィッチ・ハンドの練習でいいの?』

「うん、それでお願い」


 毎日の魔力操作練習のお陰で、だいぶ魔力の漏出が減った。

 魔力の漏出が多いと、魔力が回復しにくいそうなので、この練習は魔法使いにとって、他者に見つかりにくくなる以上に重要らしい。


 ウィッチハンドで文字が書けるのを目標に頑張っているが、今のところ石を三つほど積み上げるのが限界だ。

 重たいモノをぶん投げるのは簡単なのに、一センチ単位の精密な動作は非常に難しい。


 まあ、これも練習あるのみだ。


 魔法を使うのに疲れたら、無理せずに休息し、体力回復に努める。


 そんな日々を過ごして、一週間ほどで診断魔法の「健康」判定が出た。


 ようやく療養生活が終わり、オレの異世界ライフが始まるわけだ。


『応援ありがとうございました。セイ先生の次回作にご期待ください』


 脳内に、編集者のコスプレをした賢者ちゃんがろくでもない事を言う。


 そういう縁起でも無い台詞は止めてよね。


 さて、健康になった最初に何をしようかな。

 元気になったせいか、わくわくが止まらないよ。





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【あとがき】

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※拙作「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」の漫画版15巻とスピンオフ漫画2巻が発売中です。こちらもよろしくお願いいたします。

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