2-2.滝裏の生活(1)


「……うるさい」


 工事の音みたいなドッドッドッという騒音で目覚めた。


「知らない天井?」


 ――っていうか洞窟だ。


 思い出した。


 オレは異世界の初日に幼いムルゥー君の身体で目覚め、見知らぬおっさんに滝上から突き落とされるというなホットスタートをやらされたのだ。


 寝ている間にムルゥー君の記憶が完全に統合されたらしく、あの「異世界人、絶対殺すマン」が今生の父親だと分かった。

 この痩せ細った身体からして、口減しだろうか?


 いやはや、いきなり肉親に殺されかけているとかハードモードすぎるだろう。


 そういえば、転生したみたいなのになんでインベントリが使えるんだ?

 疑問が湧くがラッキーだったと思おう。もしもインベントリがなかったら、滝裏に這い上がった時点で詰んでた。


 ――そうだ。


「賢者ちゃんいる?」


 応答がない。


 転生した事で、脳内賢者ちゃんはいなくなってしまったらしい。


 なんだか殺されかけた時よりも心細い。


 我ながら情けないヤツだ。


『――ふぁあ』


 あくび?


『おはよー? 何か呼んだ~?』

「賢者ちゃん!」


 オレの脳内に、パジャマ姿の賢者ちゃんが寝ぼけ眼で現れた。ご丁寧にナイトキャップまで被っている。


『なんだか、長々と眠っていた気がするよ』


 どうやら、ムルゥー君の時は脳内賢者ちゃんがスリープモードだったらしい。


「おはよう、状況は分かる?」

『セイと同じ程度になら、ね』


 それは頼もしい。


 脳内賢者ちゃんに尋ねたところ、インベントリは「魂に紐付ける魔法」らしいので、記憶と一緒に引き継いだとの事だ。


 デフォルトのインベントリ領域のアイテムも記憶のまま変化がないし、ムルゥー君の時はインベントリにアクセスできなかったらしい。


 そういえば、界渡りで転移したはずなのに、なんで転生したんだろう?

 やっぱり界渡りに失敗して死んだとか?


 ――腹減った。


 飢餓感が思考を遮る。


 そういえば昨日コーンスープを飲んで眠ってから、何も食べていなかったっけ。


 インベントリから温かいコンソメスープを取り出す。


 ――ぬるい。


 熱々を入れておいたはずなのに、だいぶ温度が下がっている。


 どうしてだろうと考えて、昨日の失敗に気づいた。

 コーンスープを出した時に、飲み終わるまでインベントリを開けたままだった。

 同じ領域に入れているアイテムは、インベントリが開いている間は時間経過するって、脳内賢者ちゃんが言っていたっけ。


 生鮮食品を収納した領域じゃなかったのが、不幸中の幸いだと思おう。


 コンソメスープを飲み干したが、空腹感は薄れない。

 そろそろ何か食べたいところだけど、固形物を食べても大丈夫か心配だ。


「賢者ちゃん、固形物を食べても大丈夫かな?」

『んー? 診察の魔法を使えば分かるんじゃない?』

「それだ」


 確か、賢者ちゃんセレクトの「異世界で役立つ魔法」シリーズに入ってた。


 脳内賢者ちゃんにお礼を言って、診断の魔法を使う。


 ――飢餓、栄養失調、低血糖、内臓衰弱、危険な状態。


 おおう、思ったよりもヤバい診断結果だった。

 とりあえず、流動食を食べて体力を回復しよう。サプリとかで栄養補給するのは胃腸の状態を改善してからの方が良さそうだ。


 オレはインベントリのキャンプ用品を入れた領域から、カセットガスの缶と折り畳み式のバーナーを取り出す。

 調理用のコッヘルとスプーンもだ。


 スープ類の失敗を反省してすぐにインベントリを閉じ、保存食の領域に潜り込んでレトルトのお粥と水のペットボトルを取り出す。ペットボトルは五〇〇ミリリットルの方だ。二リットルの方は持ち上げられないからね。


 ――マジか。


 ペットボトルの栓が開封できなかった。

 ここまで握力が無いとは……。


 背に腹は代えられない。


 ふらつく足取りでコッヘルに滝の水を汲んだ。

 煮沸すれば大丈夫だろう。


 バーナーにくっついている五徳の上にコッヘルを置いて湯を沸かす。

 待っている時間が長い。ぬるいコンソメスープを半分ほど飲んだところで、お湯が沸いた。


 レトルトの封が切れずにハサミを使い、中身を二匙ほど掬ってお湯に投入する。

 米が少なすぎる気もするけど、重湯ならこんなものだろう。


 ことことと煮込み、うとうとし始めた頃にようやく煮えた。


 白濁したお湯にしか見えない重湯を掬って飲む。


 まずいはずの重湯が美味しく感じる。

 特に塩気がいい。お粥に入っていた分のお塩しかないはずなのに、この身体には丁度良く感じるようだ。


 二匙分のお粥しか入っていないのに、思ったよりも満腹になった。

 お腹が膨れ、身体がほどよくぬくもったせいか、眠気がすごい。


 オレはその欲求に抗うことができずに、寝袋に潜り込んだ。


「おやすみ、賢者ちゃん」

『うん、おやすみ、セイ。ゆっくり眠りなさい』


 脳内賢者ちゃんの優しい言葉を子守歌に、オレは安らかな眠りに就いた。





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【あとがき】

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※拙作「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」の漫画版15巻とスピンオフ漫画2巻が発売中です。こちらもよろしくお願いいたします。

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