第二章、異世界〔放浪編〕

2-1.生き延びろ!

 ヤバいヤバいヤバいヤバい。


 どんどん滝壺の水面が近付いてくる。


 何かの漫画で読んだ「四〇メートルも落下したら、水面はコンクリートと一緒」という言葉が頭を過る。


 そうだ――。


「――結界オービシェ!」


 叫んだ直後に水面に激突した。


 オレはゆっくりと沈んでいく。

 大丈夫、ケガはない。水面に激突する寸前、ギリギリで結界を展開できた。


 詠唱破棄での不安定な発動だったからか、すぐに結界の構成が崩れた。

 冷たい水がオレの身体を濡らす。


 オレは空の明かりを眺めながら、滝壺の底まで墜ちていく。


 頭の中は「?」が一杯だ。


 あの汚いおっさんは誰なのか。オレはなぜ彼に殺されようとしているのか。


 考えても分かるはずがない。

 オレの最後の記憶は、必死で「界渡り」の魔法を維持していた時までだ。


 身体が浮かび上がり始める。


 このまま浮かび上がっていいんだろうか?


 あのおっさんは「異世界人、絶対殺すマン」かもしれない。

 その予想は当たりそうで怖い。とりあえず、息が苦しくなってきたので、滝裏に浮上してみた。


 滝の裏側に浅い洞窟っぽいのがある。

 あそこなら身を隠せそうだ。


 這い上がろうとして失敗した。寒さでかじかんで力がでない。

 なんとかウィッチ・ハンドの魔法を発動して身体を押し上げて滝裏に上がる。


 ――寒い。


 オレは濡れた服を脱ぎ捨て、インベントリから取り出したタオルで身体を拭く。

 水しぶきが届かない洞窟の奥に断熱マットを敷き、その上でスウェットに着替える。


 ――ぶかぶか?


 というか何かおかしい。


「なんか、手が小さくないか?」


 インベントリからスマホを取り出し――重さに取り落としそうになった。

 なんか力が入らない。両手でスマホを支え、インカメラで確認する。


「誰?」


 映ったのは毛先や陰になる場所だけが水色の真っ白い髪の毛をした幼児だ。

 見覚えがない。強いて言えば、賢者ちゃんの面影がある。たぶん、民族が同じなんだと思う。


 ――フラッシュバック。


 何が記憶を刺激したのか、怒濤の勢いでこの身体の記憶が溢れ出した。


 オレは頭を抱えて蹲る。


 そうか、オレは転生したんだ。

 この身体――幼児の名前はムルゥー。現地の言葉で「ゴミクズ」という意味らしい。たぶん、本名じゃなくてあだ名か蔑称だろう。誰も彼をムルゥー以外で呼ばなかったみたいで、本名が分からない。


 ムルゥー君は子供の頃から虐待されて育った。

 村人からは「バケモノ」「お前のせいで不作だ」「お前が近くを通ったから家畜が死んだ」などの言いがかりを受け、時には家畜の糞や石を投げて追われていたらしい。


 幼い子供にあり得ない仕打ちだ。


 どうしてあのタイミングで前世の記憶が蘇ったのかは分からないけど、僥倖だったと思う。結界の魔法が使えなかったら、ムルゥー君はあのタイミングで死んでいた。


 ――寒い。


 状況を理解して我に返ったら、身体が震えてきた。


 がくんと力が抜けて断熱マットの上に倒れた。

 やばい。低体温症で死にそうだ。


 インベントリから出した毛布を被っても、まだ寒い。


 オレはインベントリに収納してあった温かいコーンスープを取り出す。

 いつでも飲めるように入れておいて良かった。


「――危なっ」


 カップを落としかけた。


 この身体はマグカップ一つ持てないほど衰弱しているらしい。


 コーンスープの良い香りに、食欲が刺激される。


「熱っ」


 飢えに焦って飲もうとして、火傷しかけた。


 オレはふうふうと息を吹きかけ、ゆっくりと噛みしめるようにコーンスープを飲む。


 身体の隅々まで染み渡るように美味しい。

 一口でコーンの旨味が口いっぱいに広がり、二口でその温かさに幸せを感じる。


 一緒にパンとかも食べたいところだけど、それは我慢した。


 枯れ枝みたいな細い手をしているし、これまでの記憶を探っても、飢餓状態と言っていいほど、まともに食べていないようだ。

 しばらく、固形物は控えた方がいいと思う。


「何歳くらいなんだろう?」


 記憶を辿っても、何歳かはよく分からない。

 転生した村では誕生日を祝う習慣がないのか、ムルゥー君だけがそうなのか、誰かから年齢を言われた事がないようだ。


 ――『さっさと捨ててこい。五歳になったら、村の子として様の祝福を受けさせねばならぬのだぞ』


 偉そうなおっさんが、オレを殺そうとしたおっさんに怒鳴りつける光景がフラッシュバックした。


 その記憶が直近のモノだとしたら、この身体は五歳か、五歳直前なのだと推測できる。


「まあ、暫定五歳でいいか」


 そんな事を考えている間も、スープを飲む手は止まらない。

 ときおり喉を火傷しながらも、なんとかスープを飲み終えた。


 お陰で身体の震えも収まった。


「眠い」


 満腹になったら睡魔が襲ってきた。


 ――そうだ。


 異世界人、絶対殺すマン!


 オレはおっさんの事を思い出し、賢者ちゃんが異世界で役立つと教えてくれたパッシブな索敵魔法――受動索敵パッシブ・サーチで、おっさんがこっちに向かっていないか確認した。


 大丈夫、おっさんはここからだいぶ離れた場所にいる。


 そのままおっさんが、滝から離れていくのを確認して、ほっと息を吐き出した。

 続いて、滝裏に結界を張り安全地帯を確保する。


 これで野生動物が来ても安心だ。


「やっと眠れる」


 オレは睡魔に負け、インベントリから取り出した寝袋に潜り込んで眠りに就いた。


 ――おやすみなさい。




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※拙作「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」の漫画版15巻とスピンオフ漫画2巻が発売中です。こちらもよろしくお願いいたします。

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