1-8.いざ異世界に!
「ベッドがオレを誘惑する……」
買い出しを終え、疲労の極致にあるが、まだあそこに飛び込む事はできない。
夕飯は帰りにぱっくりトンキーで食べてきたので、室内の片付けを行う。まあ、ほとんどそのままインベントリ行きだ。
ゴミも素材になりそうなので、資源ゴミと生ゴミに分けてインベントリに収納してこう。
「――臭っ」
生ゴミをそのまま収納したら臭くなりそうだ。
「賢者ちゃん、助けてー」
困った時の賢者ちゃん頼みだ。
『しかたがないなー、セイ君は』
脳内賢者ちゃんが青ダヌキのコスプレで乗ってくれた。
『それで何が聞きたいの?』
「生ゴミを臭わなくする魔法ってない?」
『焼却はダメなんだよね? それなら、水分を飛ばして、プレス・キューブの魔法で固めちゃえば』
脳内賢者ちゃんの提案通りやってみた。
「――臭っ」
水分を飛ばす乾燥魔法を使ったら、部屋中に生ゴミの臭いが充満した。
余計な事をするんじゃなかった。これは屋外か換気扇の下でやらないとダメなヤツだ。
消臭の魔法を使い、最後に飛び散った汚れを浄化の魔法で綺麗にする。
それが終わってから乾燥してカサカサになった生ゴミを、プレス・キューブの圧縮魔法で立方体に圧縮して固めた。表面はガラスっぽい透明な素材でコーティングしてある。
「賢者ちゃん、この表面のってなに?」
『爪とかエビの殻とかに使われている素材だよー』
キチン質とかかな?
うろ覚えだったので、ネット検索してみた。
炭素と水素と酸素と窒素の組み合わせらしい。
おっと、忘れていた。どんな品に、どんな元素が含まれているか調べないと。
今から本屋に行くのはおっくうなので、電子書籍を購入してスマホやタブレットにダウンロードしておこう。
そうだ。他の本も端末にダウンロードしておかないと使えない。
アウトレットショップで買ったiQhoneミニもセットアップしておこう。これは軽いから、異世界で探索中に持ち歩くのに良さそうだ。
買ってきた大量のモバイルバテリーもタコ足配線上等でまとめて充電しておく。
うぉおおお、やる事がいっぱいすぎる。
オレは逸る心を抑え、電子書籍の一括ダウンロードを設定し、待ち時間の間に室内の諸々をインベントリに収納した。
「まだダウンロードに時間がかかりそうだな……」
一度収納したカップとポットを取り出し、淹れ立てのお茶やコーヒーを収納する。カップスープも入れておこう。
向こうで落ち着いてお湯を沸かせるとは限らないので、ホームセンターで買った大きな盥にお湯を張ってから収納しておいた。
「もうそろそろ終わるかな?」
最後に、万が一、帰れなかった時のために、家族への手紙を書いた。
会社を辞めた事を告げた同僚や後輩からたくさんメールやメッセージが来ていたので、それにも返信しておく。鬼電が入ってた後輩からは返信と同時に電話が入ったので、少しだけ相手をしておいた。
がらんとした部屋をもう一度確かめ、オレは部屋を出た。
◇
途中でバイクに給油してから、界渡りの魔法陣を描いた河原へと向かう。
向こうの路肩でバイクをインベントリに収納し、懐中電灯を頼りに真っ暗な河原を進む。
魔法陣に辿り着くまでに、二回ほど躓いた。
ちょっと疲労が溜まっているのかもしれない。
界渡りは秘術の類いらしいので、実行には万全を期した方がいいだろう。
オレはストレージから断熱マットと寝袋を取り出して、朝まで一寝入りする。
そしてすっきりした目覚めとともに、トンカツ弁当でがっつりと腹ごしらえをした。
トンカツを選んだのは、ちょっとした験担ぎだ。
「賢者ちゃん、サポートよろしく」
『おっけー、任せて!』
脳内賢者ちゃんも額にハチマキを巻いて気合い十分だ。
『まずは結界魔法で自分を守って』
「分かった」
結界魔法で自分を包むと、本番のスタートだ。
『セイ、リピート・アフター・ミーよ!』
彼女は英語教師のコスプレでもハチマキを忘れない。
『<魔晶石に眠る万能なるマナよ>』
「<魔晶石に眠る万能なるマナよ>」
脳内に木霊する賢者ちゃんの詠唱に追従して呪文を唱える。
「<万物の
巨大な魔晶石から怖くなるほどの魔力があふれ出す。
オレはそれを必死で魔法陣へと導いた。
「<
魔法陣が起動し、複雑怪奇な現象が周囲を巡る。
インベントリの時とは少し違う。
『集中して! 意識を逸らしちゃダメよ!』
脳内賢者ちゃんに叱咤され、オレは呪文の詠唱に再集中する。
なんども噛みそうになりながらも、オレは唱えきった。
「<――
残るのは最後の発動句のみ。
『<
一瞬の浮遊感の直後に、奈落の底に落ちるかのような加速を全身に感じる。
漆黒の次は鈍色。全ての色が混ざったような極彩色の空間を、魔法に包まれて突き進む。
走馬灯のような光景が「界渡り」の魔法に守られた領域の外側を流れていく。
不思議な生き物がときおり顔を出しては、流れに負けて押し流される。
あれは次元の狭間に棲む生き物だろうか?
通路が安定していたのは最初のうちだけ。
やがて、ボロい筏で外海に乗り出したかのような激流に翻弄される。
そこからは界渡りの魔法を維持するので精一杯で、周りを観察するような余裕もなくなった。
――界渡りの道は二、三日で閉じるから、行くなら早めにした方がいいよ。
そんな賢者ちゃんの忠告を思い出したのは、全てが終わってからだった。
◇
眩しい。
息苦しさとまぶしさに目を開けたら、目の前に汚い格好のおっさんがいた。
「悪く思うな」
何を、と聞く前に浮遊感がして、おっさんが視界から消える。
ぐるぐると回る視界に、滝壺と崖の上のおっさんが見えた。
オレは滝壺を目指して落下している。
間違いない。
「嘘だろぉおおおおおおおおおお」
オレは異世界転移早々に、見知らぬおっさんに殺されかけているらしい。
賢者ちゃん、君の世界はなかなかバイオレンスだ。
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【あとがき】
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※拙作「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」の漫画版15巻とスピンオフ漫画2巻が発売中です。こちらもよろしくお願いいたします。
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