1-7.異世界転移の準備は万端に

【まえがき】

※買い物シーンが面倒な方は「まずはテレビ番組」から次の◇◇◇までスキップしてください。

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「さて、と――」


 愛車の座席でコンビニの惣菜パンを囓り、ミネラルウォーターで流し込む。


「そうだ、忘れてた」


 オレはダッシュボードに入れっぱなしにしていたチラシを取り出しし、賢者ちゃんが使っていた複製魔法を試してみる。


「――あれ?」


 なぜか失敗する。


「賢者ちゃん、複製魔法が失敗するんだけど」

『複製魔法には材料がいるよ』


 脳内賢者ちゃんが魔法使いの衣装で答えてくれた。


「マイナンバーカードを複製する時に、材料なんて用意してなかったよね?」

『それはたぶんインベントリの中の材料を素材指定したんだよ』

「へー、そんな風にも使えるんだ」

『慣れてからじゃないと、間違った領域の貴重品が素材に使われて泣くことになるから注意だよ』


 手痛い失敗をした経験があるのか、脳内賢者ちゃんがギャグ漫画っぽい滂沱な泣き顔になる。


『しばらくは、素材を見ながらコピーするのがオススメ』


 脳内賢者ちゃんの薦めに従って、大きなチラシを別のチラシをコピーしてみた。

 それは普通に成功したのだが、素材のあまりらしきチラシの切れ端とカーボンっぽい黒い粉がシートを汚した。


 うん、コピーする時は何か受け皿の上に置いてやるべきだね。


「この黒っぽいのってインクかな?」


 もしかして、と思ってカラー印刷されたチラシをコピーしようとしたら、失敗した。


「これって、インクの顔料に含まれる原子が足りなかったのかな?」

『うん、そうだと思うよ~。わたし達は原子って概念がなかったから、要素エレメントが足りないと複製できないって言ってたわ』


 なるほど。


「材料が足りない時の裏技とかないの?」

『リミッターを外す文言を詠唱に入れて、魔力を大量に込めたら足りない要素を補ってくれるらしいんだけど……』


 賢者ちゃんが言い淀む。


『それをやった魔導師のいた国が呪いで滅んだとかで、今では禁忌になっているよ~』


 ――呪い?


 足りない要素――原子を魔力で補完したって事は、原子核の操作をしたとかかな?

 もしそうなら、原子核の操作で出た放射線が呪いの原因だったのかもね。


 まあ、呪いも放射線も、どっちも嫌なので素材収集を頑張るとしよう。



◇◇◇



「現ナマはなかなか迫力があるね」


 オレは普段見ない厚さの札束に、すこしびびる。


 銀行の窓口で預金をがっつりと引き出した。

 振り込み詐欺を疑われたのか、用途を聞かれたので「外車を買うんです」と言って誤魔化した。


 賢者ちゃんに渡したクレカの上限が五〇万だから、クレカの引き出しとアパートの家賃や光熱費の引き落としを考えて、ある程度の金額は口座に残してある。一年も経たずになくなりそうだけど、会社から今月と来月の給料が振り込まれるから足りるはずだ。


 仮想通貨で稼いだあぶく銭だし、この機会に一気に使ってしまおう。


 まずはテレビ番組でよくやってる会員制の大型スーパーだ。

 番組に感化されて会員になったものの、大家族用の商品が多くて一人暮らしのオレには向いてなかった。この際だから、会員費のもとを取ってやろう。


 でかいカートを押して売り場に向かう。


 まずは異世界モノの定番の「塩」「砂糖」「胡椒」だ。

 なんか岩塩とかものすごく種類がたくさんある。塩というか塩素はたぶん複製で大量に必要になるので、一番単価が安い塩をどっさり四十キロほど買っておこう。

 素材用はそれでいいとして、普通の一キロパックの塩と砂糖を数個と岩塩の二キロくらいあるヤツを二つ買う。この際だ。味付けの塩を色々買ってやろう。金ならあるしね。

 胡椒というか香辛料はなんかたくさんあったので、全部の種類を右から左に二つずつ大人買いしてみた。いつも使う塩胡椒は五本くらい買っておこう。


 はやくも大型の買い物カートが満杯になったので、会計を済ませて車の所に運び込む。

 トランクルームに運び込むていで、インベントリに収納だ。商品を家屋領域の一番にどさどさと運び入れる。奥の方に手が届かないので、賢者ちゃんが使っていた念力っぽいウィッチ・ハンドの魔法を使った。クレーン車を使って荷物を運ぶような難しさがある。微調整は面倒なので、大雑把に置いていく。

 何を買ったかはレシートを見れば分かるので、レシートの裏に運び入れたインベントリの領域番号をメモしておこう。


 それから何往復もした。


 醤油や味噌に、ソース類、おまけにケチャップやマヨネーズなどの類いを大人買い。ドレッシングも色々と買っておこう。味醂や料理酒や中華系調味料といった普段使わないようなのも、右から左にお買い上げだ。

 季節柄、鍋スープのレトルトパックは売ってなかったので、ポーションタイプやキューブタイプのを色々と買っておいた。レトルトの味噌汁や顆粒スープなんかもたっぷりと。

 色々な銘柄のお米を二キロ単位で買いまくる。小麦粉系も一揃い買っておこう。異世界だからと言って、麦があるとは限らないからね。


 そうそう忘れちゃいけない生鮮食品。魚に肉、野菜、オマケに漬物類。高すぎる国産肉は少量パックで。生肉や生魚なんかの傷みやすい品を入れた領域は、冷却の魔法で全体を冷蔵庫なみに下げる。半分くらいは冷凍保存しておこう。


 材料系を網羅し終わったので、今度はパンや惣菜類だ。


 ホット系、常温系、冷凍系を順番に買っていく。この店は量が多いから、すごく嵩張る。ホット系は揚げ物が多くなったけど、弁当もいっぱい買ったからバリエーションは豊富だと思う。おっと、インスタント食品も忘れずに。


 すごい勢いでお金が減っていく。


 でも、楽しい。

 残金を気にせず買うのって、やっぱ楽しいね。


 いい加減、レジで顔を覚えられた頃、ようやくこの店での買い物が終わった。

 インベントリがあったから余裕だけど、普通だったら家との間を何往復もしないといけないところだったよ。





 業務用スーパーに続いて、アウトドアショップ、ホームセンター、服屋、百貨店、本屋、アウトレットショップの順番で回ろう。


 二軒目はアウトドアショップ。


 ここではキャンプ用品を色々と買い込んだ。

 一人用のテントや大人数用のテントにタープに蚊帳、断熱マットやエアマットも新品を補充しておこう。他にも普段使わない品や便利グッズなんかを、豊富な資金に任せて買ってみた。向こうでの商材にもなりそうだし、無駄遣いじゃない。

 前から欲しかった発動機付きのFRP製のボートも買った。これがあれば湖や湾内なんかで船釣りができる。ゴムボートは家にあるのでスルー、と。

 充電用のソーラーパネルはスマホ用の小型のと大容量バッテリー付きの本格的なヤツを買う。前者は複数個買ったが、後者は二〇万円以上したので一個しか買っていない。予備はアウトレットショップに期待しよう。


 三軒目は予定に無かった農協。


 移動中に農協の朝市を見かけたので、ちょっと寄ってみたら苗が色々とあったので色んな種類をちょっとずつ買ってみた。

 脱穀前の玄米もあったので、試しに一キロだけ買ってある。発芽するかは分からないけど、高いモノでもないし、ダメでも構わない。


 四軒目はホームセンター。


 ここは大型スーパー並みに往復した。

 入り口に売っていた野菜や果物のタネや肥料や土なんかを買い、釣り具を補充し、釘やネジや蝶番などの工業製品や素材用のアルミニウム材、スチール材、ゴム板なども買い込む。特にアルミは手に入りにくい気がするので多めに買った。各種電池や懐中電灯はマストだ。特に電池は複製できるか微妙なので多めに買い集めておいた。


 カセット式のコンロや焼肉器や扇風機など、よくある定番商品をまとめ買いする。電化製品も複数あれば、壊れてもそれを素材に複製修理できるだろう。


 プリンターのインクやコピー用紙、文房具も各種買っておかないとね。電池で動くモバイル・プリンターや充電電池セットなんかもカゴに入れる。


 あと、忘れちゃいけない発電機。ちょっと高価だけど、これは大小二種類を二つずつ買った。小さい方は発電量が少ない代わりに、ガスのカセットで発電できるのでお手軽だ。屋内でも電源が使えるように、ポータブル電源も買わねば。

 異世界には水道が無いのが定番だし、バッテリー式のポンプと巻き取り式のホースを購入する。

 近くにあった塩ビのパイプや継ぎ手も使い道が多そうなので、買っておこう。

 温度計やテスターなんかの普段買わないような物もゲットしておかねば。


 洗車道具や交換用オイルや工具セット、安い衣類や軍手も買っておこう。梱包用に無地の段ボールを物色していたら、異世界にお似合いの麻袋を見つけたので段ボールともども各種サイズを買っておいた。

 格安のママチャリとマウンテンバイクも一台ずつ買った。パンク修理道具と車載ゴム・ロープと空気入れくらいは買っておこう。


 携帯トイレを物色していたら、ホームセンターの片隅に1万円台のポータブルの水洗トイレを見つけて衝動買いした。今はこんな便利なのがあるんだね。

 投網はさすがになかったので、代用できそうなネットも買い。DIYコーナーで板や角材を何種類かと組み立て式の網戸を買っておいた。


 このままホームセンターで時間が潰れそうだったので、無軌道な商品捜しは止めて次の店に向かう。


 この時点で昼を回っていたので、近くのヤクドに入ってハンバーガーを食べる。

 そうだ。各種ファストフードも回って、すぐに食べられる品を増やそう。


 そう思いついてしまったせいで、ハンバーガーショップ、牛丼屋、カレーショップ、ピザ屋、ドーナツ屋、ケーキ屋、ホコホコ弁当を順番に回るはめになった。


 まずい、時間がどんどん溶けていく。


 何軒目か忘れたけど、次は服屋だ。


 服屋はウニクロでいつもの上下やスウェット類を。さすがに季節柄、ダウンジャケットはなかったので、それはアウトレットで買おう。


 ワーカーマンでは作業服のついでに買い忘れた品々を買った。

 なぜか方位磁石付きのキーホルダーが売っていたので、それも買ってみた。スマホにも方位磁石が付いているけど、単機能なのも便利そうだ。


 洋服のシャマムラでは、異世界で違和感のないデザインの服を買えた。

 ファスナーのないズボンを捜すのが一番苦労したよ。


 シャマムラの近くに、大きな手芸店があったので、裁縫道具とお手頃なミシンを買った。ミシンなんて使ったことがないので、使い方の書いた入門書もセットだ。

 布類は異世界で高く売れそうなので、色々な種類の布と糸を買う。意外と高かったので、一つずつにした。ワゴンで端布はぎれが安かったので、これも纏め買いしておく。


 百貨店ではお高い惣菜やお酒、贈答品なんかを物色し、大型のリカーショップでビールやハイボールを始め色々なお酒を買い集める。


 本屋では農業の本や技術関係の本を捜してみたけど、思ったよりも置いていない。売れ筋じゃないんだろう。図書館の本を借りパクするわけにもいかないので、しかたなく古本屋に行ってそれらの本を買いまくった。

 料理の本とか写真集も買う。写真集はエッチなのだけじゃなく、風景写真やミリタリー関係の写真集も買ってみた。


 本屋の次に寄ったアウトレットショップで、ゲーム機や中古の家電類を買う。

 ここは宝の山なので、日が暮れるまでいろいろな品を買ってしまった。ちょっと高かったけど、型落ちのノートPCやスマホや液晶付きデジカメを何台も買った。ケーブル類もいっぱいだ。これらは今使っている最新型の複製素材にしようと思う。

 家電は洗濯機、冷蔵庫、炊飯器、蒸気調理器、オーブントースター、レンジ、湯沸かしポット、大型TVや液晶付きDVDプレイヤーを新古品と格安の中古という組み合わせで買った。後者は複製素材だ。コピーに使える事は、こっそり確認してある。

 ここにもボートや携帯水洗トイレがあって、やっぱり安かった。ちょっと心動かされたが、衝動買いは我慢した。さすがに無駄遣いだからね。

 ここで買った品で面白かったのは、部活用らしき弓道やアーチェリーの道具だ。後者の使い方はいまいち知らないので、入門書も一緒に買った。


 ドローンも売っていたけど、携帯回線を使うタイプだったので諦めた。せめて無線で操作できないとね。代わりに本格的なトランシーバーとオモチャっぽいトランシーバーの二種類があったので購入してある。

 あと、ちょっと高めだったけど、実物付きの元素標本があったので買ってみた。

 これを素材にする事はできないけど、この標本を複製する事で、特定元素の結晶を集めるのが楽になりそうだ。まあ、もちろん、ウランやラジウムとかヤバめの元素は標本がない。


 最後に貴金属店で、一グラム金とプラチナの小チップと一〇〇グラムの純銀インゴットを買う。

 純銅のサンプルも欲しかったのだが、残念ながら売ってなかった。まあ、ホームセンターで銅線を買ってあるので、さほど問題はない。


◇◇◇


「ふう、楽しかったけど、疲れた」


 給油して帰宅した頃には、すっかり真夜中だ。

 誰も見ていないことを確認し、車をウィッチ・ハンドの魔法で浮かせてインベントリの倉庫一番に収納する。


 ベッドに寝転んで惰眠を貪りたいがまだまだやる事がある。


「よし、もうひと頑張りだ!」







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【あとがき】

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※拙作「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」の漫画版15巻とスピンオフ漫画2巻が本日3/9に発売予定です。こちらもよろしくお願いいたします。

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