1-6.立つ鳥跡を濁さず?
「――朝焼け?」
どうやら、オレはインベントリを作成した影響で、朝まで眠りこけていたらしい。
固い土の上で寝ていたせいか、身体の節々が痛い。
「あれ?」
整地したはずの土地がクレーターみたいになっている。
アパートで実行しようとしなくて良かった。
「まずはインベントリを試そうかな?」
オレは「<
空間の一部が切り取ったように漆黒の穴が開いた。
手前の方は外の明かりが差し込んで見えるけど、奥の方は真っ暗だ。
懐中電灯で中を照らしながら、釣り道具を出し入れしてみた。
横から覗くと、釣り道具が空中の一点で消えているように見える。
インベントリの入り口は横からだと二次元のように見えないようだ。
――面白い。
オレは何度も出し入れしたり、インベントリを閉じてから開き直して取り出せるのを確認する。
デフォルトだと部屋サイズの〇番が開くらしい。
開く時にインベントリの領域を指定すると、そこがちゃんと開く。
一度だけ、開く領域を間違えて、釣り道具が消えたかと思って焦った。本格的な運用をする時は、一覧表をちゃんと管理しないと収納したアイテムが迷子になりそうだ。
「賢者ちゃん、中を照らすのは懐中電灯とか外部の明かりが必要なの?」
『領域を開いた状態で、『
脳内賢者ちゃんに尋ねたら、電気工事士のコスプレで説明してくれた。
消し忘れても、領域が閉じたら消える親切設計らしい。
「――おっと、遊んでる場合じゃない」
オレはインベントリの検証を終了し、釣り道具や巨大魔晶石をインベントリの「部屋一番」へ保管する。
そういえば――。
「賢者ちゃん、奥の方って手が届かないけど、どうやって置くの?」
『え? 普通に中に入って置けば? ウィッチ・ハンドで運び込んでもいいよー』
ああ、そりゃそうか。
インベントリの説明を聞いた時にも「インベントリの所有者を内部に入れた状態では、閉じることができない」って言ってたもんね。
せっかくなので中に入って、少し奥の方に置いてみた。
インベントリの床は少し硬めで、なんとなく学校や病院のリノリウムの床みたいな感触だ。
「さてと――」
時計を確認したら、まだ朝の五時だ。
このまますぐに家に帰っても、買い出し先の店が開いていない。
何からするべきか。
そう考えたオレの脳裏に、複雑怪奇なインベントリ作成の魔法陣が過った。
「時間があるうちに描いておくか」
クレーターになった地面を整地し直し、「界渡り」の魔法陣を頑張って刻んでいく。
こっちの方が複雑怪奇だったが、インベントリの時の経験と脳内賢者ちゃんのサポートがあったお陰で、昨日よりも早く描けたと思う。
「もう九時か……」
そろそろ山を下りよう。
まずは携帯ショップで即日発行のスマホをゲットして、銀行で軍資金を下ろして、異世界に持ち込むアイテムの準備の順番で行こう。
――あっ。
オレは段取りを考えながら、愛車に跨がって重要な事を思い出した。
「今日、月曜日じゃん」
まあ、いいか。今日は休むつもりだったし。
スマホをゲットして電話帳をダウンロードしたら、会社に連絡を入れよう。
セルを回してエンジンをかけ、オレは山を下りた。
通勤ラッシュで渋滞する道を行儀悪くすり抜けながら店を回る順番を考え、枚方大橋を渡り終わる頃にはおおよそのイメージを決めた。
学生時代から住むアパートに戻ったオレは、ノートPCを立ち上げて段取りをテキストに打ち込み、それをプリンターで印刷する。
ついでに、インベントリの領域の割り振り先も大まかにメモして、それも印刷した。
「デフォルトのとこでいいか」
印刷した紙をインベントリのデフォルト領域に収納する。
部屋に置きっぱなしにしている予備のクレカを財布に入れ、銀行の通帳と印鑑をさっきの紙と同じ場所に入れる。
オフロードバイクは買い出しに向かないので、キャンプ用に買った
まずは、携帯ショップだ。
数日しか使わないので、携帯キャリアは格安でいい。スマホの機種は前に使っていたiQhone14にした。安い方の機種で良かったのだが、在庫がないとかで高いプロ仕様のヤツを買わされてしまった。
三十分ほどでスマホが使えるようになったので、携帯ショップのWIFIを借りてクラウドから個人情報やアプリをダウンロードする。
そうだ。会社に電話しないと。
「おはようございます。阿倍野ですが――」
部署直通の番号をダイヤルして名乗った瞬間、クソ課長の怒鳴り声がスマホのスピーカーを激しく振動させた。
適当に課長の小言を聞き流し、クソ課長の声がやんだタイミングで「忌引きで一週間休む」と伝えたら、さっきより口汚く罵られた。繁忙期でもないのに、何が彼をここまで猛り狂わせるのだろう。
これって、録音していたらパワハラで訴えられるんじゃなかろうか?
「そんなんで社会人としてやっていけると思っているのか!」
いつものフレーズが出てきた。
これを待っていた。
この後の台詞はいつも決まっているのだ。
「――お前なんかクビだ!」
「では、退職します」
クソ課長に人事権はないだろうけど、渡りに船だったので便乗してやった。
こっちに戻ってくるとしても、半年から一年は先みたいだし、そんなに長く休職はできないだろうからね。
「いいんだな? お前の代わりなんていくらでもいるぞ」
「なら、引き継ぎも不要ですね」
そう答えたら「後悔してもしらんぞ!」と捨て台詞を残してガチャ切りされた。
これはラッキーだ。半日くらいは時間をとられると思っていたからね。
いつでも辞められるように、引継書を社内サーバーに置いてあるから、同僚達に迷惑がかかることはないだろう。
一応、仲の良い同僚と懐いてくれていた後輩にメールしておこう。
なんだか追放モノの第一話みたいだと思いながらも、気分は晴れやかだった。
入試や就活が終わった時の開放感みたいな感じだ。
クソ課長が握りつぶしたりしないように、携帯ショップの隣にあったコンビニで便せんと封筒を買って「退職届け」を書いて人事部宛で送っておいた。
このあたりの手順は、前に退職した先輩から聞いていたからスムーズだ。
さて、それじゃ買い出しに行こうか!
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