2-4.空飛ぶネズミ


「やっぱり、甘味だな」


 健康になった記念に、複数個確保しているチーズケーキを食べる事にした。


 お湯を沸かして紅茶の準備をする。

 陶器製のカップは握力不足で落っことしそうなので、一〇〇均で買ったプラスチック製の安いっぽいマグカップだ。


 三角錐タイプのティーバッグで紅茶を淹れる。

 会社ではせっかちな後輩がティーバッグをジャブジャブ揺すってすぐに煮出そうとしていたが、オレは蒸らして紅茶がしみ出してから、ゆっくりと回して煮出すのが好みだ。


 ――いい香りだ。


 今日のケーキは記念日にふさわしい、百貨店で買った一ピース五〇〇円オーバーのちゃんとしたチーズケーキだ。


 紙箱から出したケーキを紙皿に載せる。

 パッケージ・フィルムは複製魔法の素材に使うので、コンビニ袋に回収しておこう。


 では、さっそくいただこう。


 オレは甘味に飢えているのだ。

 フォークで切り崩すのももどかしく、口に運ぶ。


「うん、美味――」


 美味いと言いかけて、結界に張り付いているネズミに気付いた。


「美味し~?」

「うん、美味しいよ?」


 ――喋った。


 異世界のネズミは喋るのか?


 よく見ると喋るネズミは半透明だ。


「ネズミの幽霊?」

「モモンガ! どこからどう見てもモモンガなの!」


 ネズミが腕を広げて、後脚との間にある透明な膜を広げる。


「ごめんごめん、モモンガだ」


 訂正すると満足そう。


 モモンガの視線はチーズケーキに固定されている。


「食べる?」

「いいの~?」


 半分ほどをカットして、モモンガに差し出した。


「入れない~」


 モモンガが結界にぶつかって涙目になった。

 ごめん、結界の事を忘れてたよ。


 無害な感じだけど、異世界なので少し慎重に行動しよう。


『賢者ちゃん、この子を結界の中に入れても大丈夫だと思う?』


 心の声で脳内賢者ちゃんにお伺いを立てる。


『んー、大丈夫じゃない? 結界をそのままにしておけば、セイに害を与えようとした時点で、結界の外に放逐されるよ。これはそういう結界だから』


 賢者ちゃんのお墨付きも出たし、何よりこのモモンガに悪意的なモノを感じなかったので、自分の勘を信じて結界の中に招く事にした。


「こっちにおいで」


 結界を緩めると、モモンガがふよふよ寄ってきた。


「どうぞ」

「食べる~」


 一口食べて身体を震わす。


 驚きが身体を伝い、尻尾の先まで届いたかのようなリアクションだ。

 よっぽど衝撃的な味だったらしい。


「美味しい!」

「それは良かった」

「お前、いい人!」

「お前じゃなくて――」


 なんて名乗ろう?


 ムルゥー君の名前の由来ゴミクズを考えると無しだ。


聖明せいめいね」

「セーメ」


 そういえば賢者ちゃんも、聖明って発音できなかったっけ。

 異世界人には発音しにくい名前なんだろうか?


「言いにくかったら、セイでいいよ」

「セイ!」


 モモンガが嬉しそうにオレの名を呼んだ。

 これからはセイと名乗ろう。


「君の名前は?」

「風の精霊~」

「固有名はない感じ?」

「そう」


 モモンガの名前を聞いてみたのだけど、種族名しかないようだ。


 もっとも、本人はそんな事よりも食べるのに夢中みたいだけど。


「――というか、風の精霊? 精霊なの?」

「うん、すごい~?」


 胸を張ってふんぞり返るモモンガが可愛い。


 でも、何か名前がないと呼びにくい。

 さすがに「モモンガ君」や「精霊さん」だと名前っぽくないからね。


「君の名前をつけていい」

「いい」

「それじゃ――」


 モモンガだからモモン――は、なんだか様付けしたくなるからナシとして、モモとガーも捻りがない。


 風だからフウだとそのまま過ぎるし、顔を上げると滝越しに青空が見える。


 アオ、ソラ、クウ――。


「その前に君の性別は?」

「セーベツ?」

「男の子? 女の子?」

「どっちも違う~オスでもメスでもないよ~」


 精霊には性別がないらしい。


「それなら――君はクゥだ」

「良い名前~、クゥの名前はクゥ~」


 クゥと何か絆のようなものが繋がる感じがした。

 まあ、悪い感じがしないからいいか。後で賢者ちゃんに尋ねてみよう。


「お腹いっぱい」


 クゥが「けぷっ」とかわいいゲップを上げる。


 どうやら、小食らしく、あげたケーキは半分ほどしか食べられなかったみたいだ。


 食べ残しを片づけようとすると、「ダメ、これクゥの」と言って、慌ててケーキの残りを頬袋に押し込んだ。クゥのほっぺがぱんぱんに膨らむ。


 異世界初の友達は食いしん坊らしい。


 可愛い姿を写真に撮る。半透明だけど、ちゃんと映った。

 せっかくなので、二人で記念撮影する。


「びっくり~、板の中にクゥがいる~?」


 クゥがスマホの画面に張り付き、不思議そうに裏側をのぞき込んで首を傾げていた。クゥは可愛いから、SNSにアップできたらバズりそうだね。





「また遊びにくる~」


 クゥはそう言って、どこかへ飛んでいった。自由だ。


「賢者ちゃん、精霊って何?」

『精霊はねー。マナを媒介する原初に近い存在。自然界を調整する役割を持っていて、神様の補佐みたいな感じかな?』


 今日の脳内賢者ちゃんのコスプレはなんだろう?

 ちょっと未来チックな格好で、身体からギーガー調の角みたいな構造物が突き出ていた姿をしている。元ネタはオレが知っている漫画だと思うけど、原典を思い出せない。


『精霊によってピンキリだけどね~』


 脳内賢者ちゃんが契約していた四大精霊なんかだと、神様と遜色ない力を振るえたそうだ。


 契約か……。


「賢者ちゃん、契約って精霊と何かがつながる感じがするヤツ?」

『うん、そうだよ。クゥはセイの契約精霊ね』


 おおっ、いつの間にかオレは精霊使いになっていたらしい。


「契約している対価って何かあるの?」

『契約者の身体から漏出する魔力を勝手に拾い食いする感じかな? 精霊に何かしてもらう時は、魔力を多めに渡す感じね』

「甘味を対価に、とかじゃないんだ」

『本来、精霊が食べるのは魔力や属性に関わるエレメントくらいね。人間の食べ物は単なる嗜好品の類いよ』


 クゥの場合は風精霊だから、上空の風がよく吹く場所に行くのが食事になるらしい。

 もしくはオレの傍で、身体から漏れ出る魔力を食べる感じか。


「そうだ、精霊に何かしてもらう、って何をしてもらうの?」


 させてもらうとかじゃないよね?


『風の精霊なら、風の魔法を底上げしてもらうとかじゃない? 周囲の警戒を代わりにやってもらったり、手紙を届けてもらったりするのもありね。精霊と相性が良かったら、相手の視界を共有したり、声を届けてもらったりもできるよ』


 なるほど、ただのモモンガじゃないわけだ。


 まあ、オレとしては一緒にオヤツを食べてくれる相手がいるってだけで十分だけどさ。






-----------------------------------------------------

【あとがき】

 よろしければ、応援やフォローをお願いいたします。

 ★が増えると作者が喜びます。


※拙作「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」の漫画版15巻とスピンオフ漫画2巻が発売中です。こちらもよろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る