1-4.別れ

「はい、これ」


 オレは賢者ちゃんに身分証明書とクレカとスマホを渡す。


 身分証明書はマイナンバーカードだ。

 免許証でも良かったんだけど、それを渡しちゃうと帰りに不携帯でバイクを運転できなくなるからね。


 スマホは賢者ちゃんに断ってから、個人情報を消してから渡した。

 今のスマホはクラウドに個人情報が保管されているから、新しいのを買えば引き継げる。


「どう使うのか知らないけど、悪用はしないでね」

「大丈夫、大丈夫」


 賢者ちゃんが小声で詠唱して、マイナンバーカードとクレカに何かした。


「――増えた?」

「魔法で複製したのよ。特別な素材が使われてなくて良かったわ」


 コピー魔法!


 驚いているオレに賢者ちゃんがオリジナルを返してくれる。

 こんな事ができるなら、マイナンバーカードじゃなくて免許証でも良かったかも。


「あとはちょちょいのちょいっと」


 賢者ちゃんがコピーしたカードに何かした。


「何したの?」

「こんな感じ」


 カードを覗き込むと、マイナンバーカードの写真と名前と性別が賢者ちゃんのモノに変わっていた。クレカの名前と裏面の署名欄もだ。


「すげー」


 加工した形跡が全然ない。


「ICチップの中身までは加工できなかったけどね~」

「そりゃそうでしょ」


 暗号化されているだろうし、下手にイジったら壊れそうだ。


「それより――」


 一つだけ突っ込みたい事がある。


「――名前の『賢者 美子』って何? 偽名にしても雑すぎない?」

「ほら、名は体を表すって言うんでしょ?」


 賢者ちゃんがつんと顔を反らして、「わたし賢者で綺麗な子だから」と言う。

 ちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめるところが、可愛い。


「それに、大賢者アフロニービナス・アルマニウム・ヴィ・オーパ――」


 賢者ちゃんが寿限無も顔負けの名前を名乗る。


「長っ」

「でしょ? だから、賢者ちゃんでいいんだよ」


 なら、アフロちゃんでも――。


「賢者ちゃんで」


 脳内賢者ちゃんによると、アフロニービナスというのは名前ではなく、称号や役職的なモノらしい。


「スマホの使い方は分かる?」

「うん、大丈夫。セイの知識があるから使えるよ」


 賢者ちゃんがアプリストアから、地図アプリやホテル予約アプリなんかをダウンロードする。


「この後、どうするの?」

「人里に行って、銀行口座の開設と当面滞在するホテルの確保、ホテルよりはネットカフェの方がいいかな? 宿泊もできるし、ネットも使い放題なんだよね?」

「そうだね。ただ、トラブルもあるから、こっちに慣れるまではホテルの方がいいよ」


 賢者ちゃん、美少女だし。


「忠告に従うわ。後は科学館と中央図書館かな?」


「ここからだと、大阪市立科学館か京都市青少年科学センターだね。距離的には同じくらいだったと思うよ。図書館なら高槻や枚方にもあるけど――」

「蔵書が一番多い所がいい」

「それなら、東京の国立国会図書館が一番蔵書が多いんじゃないかな。近場なら、京都にも国立国会図書館の関西館があったはず」


 大きな図書館なんて、大学時代に調べ物で行ったきりだ。


 賢者ちゃんが空中に浮かべたインク壺に羽根ペンを浸して、紙にメモしている。


「良かったら使う?」

「ボールペン! それにメモ用紙も! こっちの紙は綺麗ねー」


 リュックに入れっぱなしだった筆記用具を賢者ちゃんに進呈する。


『インク壺が浮かんでいるのは何の魔法?』


 不思議に思ったので、書記っぽい格好をした脳内賢者ちゃんに尋ねてみる。


『あれはウィッチ・ハンドの魔法だよ』


 賢者ワイズマンなのに魔女ウィッチなのか。


『古い魔法だから』


 そんな脳内会話をしていたら、メモを終えた賢者ちゃんが顔を上げた。


「そうだ。キャッシュカードの受け取りにセイの家のポストを借りていい?」

「もちろん、いいよ。合鍵渡しておこうか?」


 キャッシュカードが届くのは、オレが異世界に渡った後だろうし、中に入れた方がいいだろう。


「ありがとう。助かるわ」


 賢者ちゃんが受け取ったアパートの鍵を複製する。


「戸締まりはしっかりしてね」

「あはは、大丈夫。ちゃんとするわ」


 彼女の半生を見た限りだと、けっこうなうっかりさんだから。


「それじゃ、名残惜しいけど、そろそろお別れね」


 合鍵をインベントリに収納した賢者ちゃんが、そう切り出した。


「このクレジットカードは三ヶ月したら紛失届を出していいからねー」


 その頃にはもう異世界に行っていると思う。


 賢者ちゃんが指をパチンと鳴らして、現代風の衣装に変身する。


「界渡りの道は二、三日で閉じるから、行くなら早めにした方がいいよ」


 そうアドバイスした後に、「向こうに行くなら、このへんの魔法は必須だよ」と言って、属性魔法と合せて三〇種類ほどの魔法を挙げてくれた。


「これはオマケね」

「ありがとう、賢者ちゃん」


 練習用の魔晶石を幾つか渡してくれる。

 さっきも貰った大豆サイズのヤツだ。


「またね~」

「駅前までバイクで送るよ」

「大丈夫ー、スマホの配車アプリでタクシー呼んだから」


 さすが大賢者。現代に適応している。


 最寄りの道路まで連れて行き、賢者ちゃんがタクシーに乗り込むのを見送る。


「元気でねー」

「賢者ちゃんも、元気で。連絡先も渡しておくよ」


 住所はマイナンバーカードで分かるだろうけど、スマホの初期化でSNSのアドレスは消しちゃったからね。


 ついでに現金も少し渡しておこう。

 クレカが使えないような店もあるだろうしね。


 賢者ちゃんを乗せたタクシーが見えなくなるまで見送った後、オレは踵を返した。


「さて、それじゃ、界渡り――異世界転移の準備をしますか」





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【あとがき】

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※拙作「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」の漫画版15巻とスピンオフ漫画2巻が3/9に発売予定です。こちらもよろしくお願いいたします。

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