1-3.取り引き

「お願い?」


 賢者ちゃんのお願いが本題なのかな?


「うん、あなたの身分証とクレジットカードとスマートフォンを譲って」

「――はい?」


 予想外なお願いだ。


「君が身分証やクレカやスマホを作るのを手伝って、ではなく?」

「うん」


 一縷の望みを込めて軌道修正を試みたけど、賢者ちゃんはあっさり首肯した。


「いやぁ、それはちょっと」

「悪用はしないわよ? わたしって別の世界――異世界から来たじゃない? だから、こっちで作るまでのつなぎがほしいのよ」


 やっぱり、賢者ちゃんは別の世界の人なんだ。


 でも――。


「ごめん、無理」


 さすがに拒否した。

 悪用されても困るしね。


「身元保証人とか、作るのを手伝うよ?」

「うーん、せっかく異世界に来たんだし、一刻も早く、こっちの科学技術や工業技術を学びたいのよ!」


 賢者ちゃんの目が燃えてる。


「そうだ! これと交換でどう?」


 そう言って、賢者ちゃんがどこからともなく、ラグビーボール大の宝石っぽいモノを取り出した。


「綺麗だね。宝石か何か?」


 それにしてはデカいけど。


「これは魔晶石」


 賢者ちゃんが宝石の正体を言って、魔晶石とやらの説明を続ける。


「それを持っていれば、このマナの無い世界でも魔法が使えるし、全部使えば界渡りだってできるわよ?」


 ――界渡り?


『説明しよう!』


 界渡りってなんだろうと考えたら、脳内賢者ちゃんが現れた。

 目の前に本人がいると、映像が重なって不思議な感じだ。


『界渡りっていうのはね、いわゆる異世界転移の事よ』


 魔法使いっぽい衣装の脳内賢者ちゃんが、大きな塔で界渡りの儀式をする映像がフラッシュバックする。


「その魔晶石があればオレでも界渡りできるって事?」

「そうよ。普通は無理だけど、あなたにはわたしの知識があるし、それをサポートするインターフェースもある。おまけに今なら、私が界渡りした道が残っているから、わりと安全に成功すると思うわ」


 オレの質問に答えてくれたのは、本物の方の賢者ちゃんだ。


 ――異世界。


 確かに、興味はある。

 異世界モノのラノベや漫画を浴びるほど摂取したオレにとっては、行けるモノなら行ってみたい場所だ。


 でも、運動不足の社会人がリュック一つで乗り込むには、厳しいと思う。

 賢者ちゃんの半生を覗いた経験からして、あまり治安は良くないようだったし。


「悩んでいるわねー」


 うんうん唸っていたら、賢者ちゃんがダメ押しをしてきた。


「なら、もう一個」


 賢者ちゃんが二つ目の巨大魔晶石を取り出した。


「これは災害級のベヒモスの魔晶石よ。さっきのエンシェント・ドラゴンの魔晶石と同じクラスのヤツね。魔晶石の魔力は再補充できるけど、界渡りした先でとんぼ返りしたい時に二つあると便利だよ」


 なるほど、帰還する手段があるのはいいな。


「もしくは、これを使ってインベントリを作製するのもありね」

「――インベントリ?」


 質問には脳内賢者ちゃんが答えてくれた。

 いわゆるアイテムボックスなんかの亜空間収納の事らしい。


「さっきから賢者ちゃんが使っているのもインベントリ?」

「そうそう。大荷物を持ち歩かなくていいし、時間停止で保管も楽ちんだよ」


 賢者ちゃんがこくこく頷く。


 アイテムボックスっていうだけでもチートなのに、時間停止まで付いているなんて素敵すぎる。


 でも、待て――。


「どうしたの?」

「オレに本当に魔法が使えるのかな?」


 魔晶石を受け取ったがいいけど、魔法が使えなかったら宝の持ち腐れだ。


「使えるよ。試したいなら、こっちの魔晶石でやってみ」


 賢者ちゃんから、大豆ぐらいの小さな魔晶石を受け取る。


「何がいいかな?」

「川に向かって打つなら何でもいいと思うよ」


『ファイアーボールとかある?』

『あるよ~』


 水量もそこそこあるし、脳内賢者に確認したファイアー・ボールの魔法を試す。


『わたしに続いて詠唱してね』

『詠唱があるのか……』

『慣れたら詠唱破棄もできるし、無詠唱でも行けるけど、最初は詠唱するのがオススメ』


 他にも魔法陣を用いた魔法発動なんかもあるらしい。


「行くよ」


 賢者ちゃんと脳内賢者ちゃんに合図をした。


『おっけー、<魔晶石に眠る万能なるマナよ>』

「<魔晶石に眠る万能なるマナよ>」


 詠唱開始とともに、魔晶石からキラキラした光と温かな力が湧きだし、キラキラした光の粒子がオレの身体にまとわりつく。


『<万物のことわりを混沌へと導き、我が願いを具現せよ>」

「<万物のことわりを混沌へと導き、我が願いを具現せよ>」


 オレの足下に光る魔法陣のような幾何学模様が出た。派手だ。


 中二病は卒業したはずなのに、わくわくが止まらない。


『<火よイグニス炎となりてファイチ・フランマ>』

「<火よイグニス炎となりてファイチ・フランマ>」


 魔法陣にキラキラした光の粒子が触れると、炎となって噴き上がる。


『<我が敵をイニミクス・メウス爆破せよスチェンダム・イウエム>』

「<我が敵をイニミクス・メウス爆破せよスチェンダム・イウエム>」


 炎が渦となってオレの手に集まる。

 熱は感じるけど、火傷するほどは熱くない。


『はい、最後は大きな声で! ファイアー・ボール!』

「ファイアー・ボール!」


 アニメキャラのような脳内賢者ちゃんのポーズをマネして、川に向けて手を突き出した。


 野球のボールくらいの火弾がひょろひょろと飛んでいき、川面に命中してぽひゅんと破裂音を残して消えた。


「しょぼ」


 自嘲の呟きを漏らしながらも、にやける顔を抑えられない。


 だって、魔法だよ?

 普通のサラリーマンであるオレがゲームキャラみたいに魔法を使ったんだ。


 そんなのテンションが上がらないわけがない。


 調子に乗って、エア・カッターやウォーター・バレットやストーン・バレットなんかの属性魔法を一通り試してしまった。

 威力のしょぼさは、こっちの世界の「魔力の少なさ」と「世界の強固さ」のせいらしい。


 世界の強固さっていうのは、理の力が強くて混沌化させるのに必要な魔力が多くなるとか、脳内賢者ちゃんが説明していたけど、あんまり聞いてなかったので今度また聞こう。


「そろそろ満足した?」


 あきれ顔の賢者ちゃん。


「ごめん、ごめん」


 いい年して我を忘れるなんて、ちょっと自分が恥ずかしい。


「取り引きは成立かしら?」


 賢者ちゃんが勝ち誇った顔で手を差し伸べる。


 ここは素直に彼女に勝ちを譲り、オレは彼女のたおやかな手を握った。


 J○J○――オレは異世界に行くぞ!





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【あとがき】

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※拙作「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」の漫画版15巻とスピンオフ漫画2巻が3/9に発売予定です。こちらもよろしくお願いいたします。

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