1-2.賢者ちゃん


 覚醒と同時に視界に飛び込んできたのは、青空と控えめな双丘、そして――。


「目が覚めた?」


 美少女がオレを覗き込んできた。

 後ろ頭が柔らかい。オレは彼女に膝枕されているらしい。


「わたしの言葉は分かる?」

「ああ、分かる」


 日本語なんだから、分かるに決まっている。


『こっちの言葉も?』

『へ? 何語だ、これ?』


 知らない言葉のはずなのに理解できる。

 そういえば、さっき見た夢の中で、彼女がこんな言葉を使っていたっけ。


『アルマ・シェムニアス語――汎用魔法語の方が通りがいいかな?』


 ――魔法?


 そう疑問に思った途端、脳裏に魔法についての情報が次々に展開される。


「なんだこれ?」

「わたしの記憶が逆流したんだよ。覚えようとしない限り、そのうち忘れちゃうから気にしなくていいわ」


 怒涛の情報ラッシュで頭が割れそうに痛い。

 そのせいで、彼女の言っている事の半分も頭に入ってこない。


「頼む、これをなんとかしてくれ」

「あらら、そんなに辛いの? ――これでいい?」


 彼女が指を鳴らすと、潮が引くように情報ラッシュが収まった。


「ふう、ありがとう」


 一息ついて礼を言う。


 そういえば、彼女の名前を知らない。


「えーっと、なんて呼べばいい? 賢者ちゃん?」


 さっき見た夢の影響で、思わず美少女の事をそんな風に呼んでしまった。


「あははは、いいね! それ、いい!」


 何か受けてしまった。


「あなたの事はセーメェー君で良いのかしら?」

「なんでオレの名前を?」


 オレの名前は阿倍野あべの聖明せいめい。安倍晴明ではない。オタクの両親がノリで付けた。せめて、晴明でハルアキ読みが良かった。もちろん、陰陽道は使えない。


「まあ、いいや。聖明が呼びにくいなら、セイって呼んで」

「分かった。わたしも賢者ちゃんでね」


 まさかの仮名呼びが採用されてしまった。

 彼女の髪色にちなんで、緋色ちゃんとか名前っぽいのにするんだった。ちょっと後悔。


 とはいえ、笑顔で了承した彼女に「やっぱりチェンジで」とは言いにくい。


「とりあえず、身体を起こせる? そのままじゃ、少し話しにくいんだけど」

「ああ、ごめん」


 膝枕をされたままだった。

 記憶のフラッシュバックも収まっていたので、名残惜しいけど彼女の膝から頭を上げる。


「まずは、お礼を。溺れそうになってたわたしを、助けてくれてありがとう」

「いや、えーっと、どういたしまして」

「そして、ごめんね。手っ取り早く、こっちの言葉と常識が欲しくて、横着して精神接続しちゃった」


 さっきの走馬灯みたいな賢者ちゃんの半生はんしょうを追体験したのは、それが原因だったらしい。


「魔法抵抗が全然ないどころか、精神障壁に至ってはないどころか受け入れてきてびっくりしたよー」


 賢者ちゃんの美貌に呑まれてたからかな?


 ――って、待って。


「もしかして、オレの半生も賢者ちゃんの方に流れ込んでいたのか?」

「だから、そう言ってるじゃん? 初恋の相手から性癖までばっちりだよ」

「……マジかぁ」


 オレは賢者ちゃんの痴態なんて見てないのに、不公平だ。


 そう思い返した瞬間――。


 賢者ちゃんの着替えやベッドの上でジタバタする姿が思い浮かぶ。

 これって、賢者ちゃんの?


『そこから先は禁則事項だよ!』


 再生されるシーンに重なるように、婦警のコスプレをした賢者ちゃんがレッドカードを出す映像が重なった。


「なんだ、これ?」

「あー、たぶん、インターフェースが起動したんじゃない? わたしの姿が出たんでしょ?」


 その言葉に首肯すると、賢者ちゃんが説明してくれた。

 さっきの脳内賢者ちゃんは、情報の奔流が始まらないようにする為のインターフェースで、対話形式で情報ライブラリにアクセスできるようにする為の魔術的AIらしい。


「心配しないで、あとでいつでも廃棄できるから」


 インターフェースは使用者の任意で完全消去できるらしい。


 賢者ちゃんに言われて試しにやってみたら、死に装束の脳内賢者ちゃんが現れ、「インターフェースを削除しますか?」と悲しそうに聞いてきた。

 ここで「はい」か「いいえ」を選ぶと先に進むらしく、うっかり「はい」を選んでも、もう一度だけ「本当に削除しても大丈夫ですか?」と聞いてきてくれるらしい。そこで「はい」を選ぶと完全消去できるとの事だ。


「こっちから話しかけないと応答しないから、カスタマイズして便利に使えばいいよ~」


 賢者ちゃんがお気楽な感じで言う。


 オレの性癖や趣味が反映されるとの事だ。

 さっきの婦警コスプレはそれが原因だろう。


「それはそうと本題からずれちゃったね」


 笑い涙を拭きながら言葉を続ける。


「本題?」


 救助の礼と「言葉と常識が欲しくて、精神接続した」件の詫びのあたりで脱線したんだっけ。


「それはね――」


 賢者ちゃんがオレをまっすぐに見つめる。


「――お願いがあるの」






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【あとがき】

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※拙作「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」の漫画版15巻とスピンオフ漫画2巻が3/9に発売予定です。こちらもよろしくお願いいたします。

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