以外の選択肢

 地面に埋まる巨体。


 手足と繋がったままの蜘蛛の巣はその身体に激しく引っ張られ、やがてぷつんと切れてだらしなくぶら下がる。


 だが一方で幾つか無事な巣が残っていたので、それらも残らず風剣で処理していく。


『これで蜘蛛の巣も全部切れたはず――ん?』


 付近を調べていると、大樹の幹にも小さな巣が張られているを見つけた。


 これも残しておくと後々攻撃されるかもしれない。同じ様に風剣で切断すると、巣の奥には何やら空間が広がっていた。


 中を覗くと、奥の方にはこれまたで出来た巨大な白い球体が置かれている。


「……これって、あの蜘蛛の卵か?」


 蜘蛛は卵を産む際、外敵から守るために卵嚢と呼ばれる繭を作ると本で見た事がある。


『あの時、樹に飛んでいった斬撃を受け止めたのはこの為だったのか……』


 よく見ると卵嚢の他にも昆虫や小動物の死骸が幾つか置かれており、その横には果物もある。


 つまりここは産卵の為の住処であり、あの蜘蛛はという訳だ。


「…………」


 今回の依頼は「水誑の蜘蛛エントルーペ・アライグリーがその主な生息地から外れ、王都周辺にも出現し始めて危険なので討伐してほしい」という内容だった。


 確かに魔物が王都周辺に出没すれば、王都に住む人々や王都を訪れる行商人等が襲われる可能性がある。早めに討伐しようとする判断は決して間違ってはいない。


 だが、実害もないのに一方的にこちらが決めつけて殺すというのも違う気がする。それではただの言いがかりだ。


 魔物とは魔力が暴走して凶暴化した結果、周囲に害を与える存在。


 少なくともあの蜘蛛にはという理性はあるみたいだし、上手く鎮めれば殺さなくて済むかもしれない。


 ——そう、殺したくないのだ。


 二度と同じを繰り返さない様にも、殺す以外の選択肢があるなら探してみたい。


 そう思い、俺は風剣を捨てて巣穴から外に出る。


 外では倒れていた水誑の蜘蛛エントルーペ・アライグリーが起き上がり、こちらを睨みつけ、前脚を立てて威嚇している。


 理性があるかを確認する為には、まずはこちらから敵意がないことを示さなければならない。


 俺は後ろの穴を銘創魔術を使って再現した蜘蛛の巣で塞ぎ、なるべく警戒心を出させない様にゆっくり近づいていく。

 

 水誑の蜘蛛エントルーペ・アライグリーは俺が蜘蛛の巣を作って穴を塞いだことに驚き、脚を降ろしてこちらの動きをじっと見つめている。


 やがて距離は近づき、互いに振るえば攻撃が当たる間合いまで到達した。


 だがそれでも俺は攻撃をしないし、水誑の蜘蛛エントルーペ・アライグリーもその気がないのか、その場でじっとしながら触覚らしき箇所を細かく動かしている。


 そうして互いに見つめ合っていると、水誑の蜘蛛エントルーペ・アライグリーの体には無数の傷跡があることが分かった。


 突風ブラスクで負った傷もあるだろうが、切り傷や焦げ痕などある。俺と戦う前にも攻撃を受けていたらしい。


「——ヒリア」


 最初から上級回復魔術ヒラリアを使ってもいいのだが、過度な回復魔術の使用は却って悪影響を及ぼす可能性があるので、ここは安全を取って中級回復魔術ヒリアにしておく。


 問題は魔物相手にも効果があるかだが、どうやら問題ないらしい。水誑の蜘蛛エントルーペ・アライグリーの傷ついた身体は徐々に回復していく。


 それと同時に水誑の蜘蛛エントルーペ・アライグリーは警戒心を解き始めたのか、その場でしゃがみこんでリラックス体勢に入った。

 

 回復魔術には怪我や病気の治療の他にも疲労回復や鎮静といった効果があるので、恐らくそれの影響だろう。


『これで少しは大人しくなってくれればいいんだが……』


 そうして回復魔術をかけ終えると、水誑の蜘蛛エントルーペ・アライグリーはむくりと立ち上がり、その手で俺の身体を掴み上げた。


 何かされるのかと一瞬思ったが、手に込められた力の加減から敵意の無さが伝わってくる。


 水誑の蜘蛛エントルーペ・アライグリーを信じてされるがままでいると、どうやら背中に乗せたかっただけらしい。ポンと俺を背中に乗せて、水誑の蜘蛛エントルーペ・アライグリーは大樹を登り始めた。


『……乗せてくれたのはいいんだけど、これだと結局落ちちゃうんだよな……』


 自前の魔力で宙に浮き、そのまま水誑の蜘蛛エントルーペ・アライグリーの後を追う。


 大樹を頑張って登る姿やさっきの何処か抜けている所を見ていると、徐々にコイツの事が可愛いと思えてきた。


 俺の気分はもう完全にペットのそれと同じになっている。


 水誑の蜘蛛エントルーペ・アライグリーはやがて先程の穴に辿り着き、俺の張った蜘蛛の巣を器用に巻き取って中へと入っていった。



 

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