対面する二人

「次、ルルフィ・ハイルーンさん」


「はいっ!」


 いよいよ、ルルフィの番がやって来た。ルルフィは確かな足取りで舞台へと上がる。


 もう少し気の利いた言葉を掛けてやれたら良かったのだが、俺の思いは確かに伝えた。


 昔のルルフィはもっと自信を持っていたはずなのだが、最近は訓練する時も自信が無さそうに振る舞う事が多くなった気がする。


 普段は明るくて笑顔も多い彼女だからこそ、その時折見せる曇り顔が色濃く脳裏に焼き付くのだ。


 だから、この試験でルルフィが自身の成長を感じ取ることが出来れば……。そう切に願っていると、ルルフィは舞台の上で止まり、こちらを振り返る。


「――誰か、私と勝負してくれませんか!?」


 予想外の発言に会場全体がどよめく。


「この盾でどんな攻撃でも受け止めます! 誰か、いませんか!?」


 ルルフィの呼びかけを聞いて尚、会場のどよめきは消えない。


 この場に残っている殆どは既に二次試験を通過した者だ。今後の試験に備えて体力を温存したいと考えるのが普通だし、もしルルフィに負けようものなら、せっかく試験を通過して獲得した試験官からの印象を損なう可能性もある。


 この誘いにもる者なんて、よっぽどの勝負好きか。


「――なら、ボクが相手をしよう」


 或いは、よっぽどの性悪かだ。


 出る杭は打たれる。


 出過ぎた真似をしたと言わんばかりに、一人の男が名乗りを上げた。


 言うまでもない。あの貴族の男だ。確か、アリベールだったか。


 アリベールはルルフィの立つ舞台に上がり、その指を向ける。その笑みは愉悦と傲慢でどこか歪んでいるように思えるが、その笑みを形作っているのは何もそれだけではない。


 確かな実力に裏付けられた自信が、そうさせるのだ。


「ありがとうございます」


 だが、ルルフィも負けてはいない。先程までの不安そうな表情は一切感じさせず、試験を通過することにだけ集中している。


「――それでは、始めてください」


 試験官の合図と同時にルルフィは背中の盾に手を伸ばす。


 だがそれを待たずして、紫の糸が一本視界を横切った。


 今のを見てようやく理解した。あれは雷魔術を極力細くしたものだ。広範囲を一掃するような破壊力はないが、その分射出に要する時間が大幅に短くなっている。


 それに速い。俺が元々雷魔術が苦手だということを除いても、到底比べ物にならない速さだ。


 いくら訓練したといっても、盾を構えさせてもらえなければどうしようも……。


 そう思い、ルルフィの方を見ると彼女の盾は背中にはなく、しっかりとその手に握られている。


 そして彼女自身もまたその盾を構え、しっかりとアリベールの攻撃を受け止めていた。


   * * *


『予想してたのよりも、ずっと速い……!』


 先程見た記憶を元に凡そのイメージは立てていたのだが、まるで当てにならなかった。


「――へぇ」


 アリベールは含みのある笑いを浮かべてこちらをじっと見つめてくる。


 いつ飛んでくるか分からない魔術に一層気を引き締め、盾の持ち手を握り直した。


「では、次だ」


 彼の指先が光ると同時に、衝撃が盾を通して私の腕に伝わってくる。徐々に段階を上げているのか、その重みは回を重ねる毎に増していく。


 見てから構えていては到底間に合わない。ならば受け流すよりも、正面から耐える方に意識を切り替える。


 それでも完全に受け切ることは出来ず、盾から腕、そして全身へと鋭い痛みが訪れる。


「っぐ……」


 雷魔術を受けた経験のない私にこの痛みは予想出来ず、思わず声が漏れた。


 そんな私を見て喜んでいるのだろうか。アリベールの笑みはより大きな笑いへと変わる。


「――ハハッ! なかなかどうして、いい声を出すじゃないか!」


 アリベールの感情を表すように、魔術の勢いも激しくなる。


 身体の中で何かが弾け飛ぶような痛みに加え、猛獣の突進を思わせる衝撃で腕は痺れ、身体全体に疲労が蓄積されていく。


 だけど――。


『――負けない!』


 さっきアルに言われるまで、自分の手を意識して見ることなんてなかった。なので、自分の手がこんなにも不格好になっているとは思いもしなかった。


 だけど、これは私の努力の証。


 私が、信じるべきものだ。


   * * *

 

『……思ったより粘るな』


 余興がてら軽く捻ってやろうと思っていたのに、その往生際の悪さに舌を打つ。


 あんなボロい盾一つでボクの魔術を完全に受けれる訳がない。現に目の前にいる女の息遣いは荒く、その手足は無様に嗤っている。


 なのに、その瞳だけは確かな気力を有している。


『これ以上は面倒だな』


「それじゃ、そろそろ終わらせようか」


 全身の魔力を用いて、ボクは糸を紡ぐ。


 鮮やかで、美しくて、無駄のない。雷を幾度にも重ねて出来る、ボクにしか生み出せない至高の糸。


 頭の固い老人共が心酔している、ただただ大きいだけで無駄の多い魔術とは違う。


 ――ボクはこの「紫糸しいと」で、頂点を取ってみせる。


『君はその第一歩として、ボクの記憶に刻んであげようじゃないか』


 一本、二本、三本……。


 こうして魔術を重ねることで、速度も貫通力も高まっていく。


 的を吹き飛ばした時は五本で十分だったが、折角だ。派手にいこうじゃないか。


 ――十本だ。


 その盾諸共、あの女の腹に風穴をあけてやる。



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