暗色の盾

 盾越しに見えるアリベールの手が魔力で満ちていく。

 

 先程までの魔術とは明らかに違う。彼の手から生まれた幾つもの雷が宙に留まり、やがてそれらは一箇所に集まって何かを形取っていく。


 まるで、器用な糸細工のように。


 私は固唾を飲んでその様子を見守る。


 何が来ようとも、私に出来ることは一つ。


 ここから一歩も動かず、ただ正面から防ぎきることだけだ。


「待たせたね」


 宙に浮かぶ雷が一本の細長い槍へと変化したところで、アリベールがこちらを振り向く。


「さっきまでのはあくまで前座だ。単なる使い捨ての駒に過ぎない」


 そう淡々と話すアリベールの隣では、槍で形取られた雷がけたたましく鳴り響いている。


「だが、こいつは一味違う」


 アリベールの手が後ろへ引かれると共に、雷槍が回転を始めた。


 それに併せて、私も全身に力を入れる。重心は均等に、脚を少し開いて体勢が崩れないように意識する。


 一度でも体勢が崩れれば防御中に立て直すのは不可能だ。成す術もなくなった私の身体を、あの雷装が容易く貫くだろう。


 だからこそ、私は一歩も引かない。真正面から打ち破ってみせる。


 この試験を通過するためだけじゃない。


 ――アルに、少しでも近づくんだ。


「――いくぞ」


 彼の意志に応えるようにして、雷槍は刹那の一瞬で私を穿ちにかかる。


 盾一つ挟んだ先での攻防。衝撃も痛みも数段上の激しさになり、全身が苦痛の根を上げているのが分かる。


「っぐ……あぁ……!!」

 

 焼けるような痛みで意識が分断され、膝に力が入らない。


 腕も感覚が狂い始め、上手く盾を握れている確信がない。それなら、いっそ手を放してしまえば楽になれると頭に過ぎる。


 ——いや、それじゃ駄目だ。


 お父さんだって、この盾で魔物と戦ってきた。たくさん傷つきながら、最後まで皆を守り続けた。


 私もそういう強さが欲しいと思った。アルに助けられて強さが必要だと痛感したあの日から、二人は私の目標なのだ。


 二人に近づくためにも……弱音なんて……。


「――がぁっ!」


 私の意志など構わず、ついに片膝が地に着いた。体勢が一気に悪くなり、いよいよ勢いを受け止めきれなくなる。


 それに盾を伝って流れてくる魔術の痛みで、意識が自分の手から離れていく。


『……けど、最後まで……!』


 このまま意識がなくなったとしても、この盾だけは、絶対に離さない。


 その誓いを乗せ、私は薄れゆく意識の中で残った力の全てを盾に注ぎ込んだ。


   * * * 

 

「どうやら、勝負は着いたようだな」


 あんな薄汚い平民に対して撃つには過ぎた代物のような気もするが、ボクの力を知らしめるのには丁度いいだろう。


『これでこのボクに生意気な態度を取ってきたアイツも、少しはいい顔をするようになったんじゃないか?』


 そう思い、アルカディとかいう平民に目を向けると確かに表情は変わっていた。


 だが、それは自分が期待していたものとは違うものだった。


 まるで何が起きているか分かっていないような、そんな表情だ。


『一体、何を見て……』


 視線を正面に向けた瞬間、ボクの目に映ったのは自身の紫糸が完全に勢いを失っている様だった。


「なっ……!? 何が起こった!?」


 平民は今にも倒れそうにしているというのに、何故ボクの魔術が防がれ、今にも消えそうになっているのか。


 その原因は場をよく観察すると明らかだった。


 先程までただの古臭いだけだった、あの盾。あの平民が今も握りしめているあの盾が、暗色の魔力を濃く激しく纏っている。


 魔力が第二の盾となり、ボクの紫糸を完全に受け止めているのだ。


 いや、それだけじゃない。あの魔力に触れてから、ボクの紫糸が徐々に小さくなっていく。


 あの平民を倒れる寸前まで追い詰めたボクのとっておきは、やがて跡形もなく完全に消滅した。


   * * *  


『あれは、一体……?』


 突如としてルルフィの盾から現れた、あの暗い障壁。おそらく魔力であることは間違いないのだが、何故魔力が急に盾から放出されたのか。


 あんなの、これまでの訓練では一度も見たことがない。だが、その強さは今自分の目で見た通りだ。


 あのアリベールの魔術を完全に受けきってみせた。これなら、ルルフィの技量は十分に証明されたはずだ。


 そのルルフィはさっきから一歩も動いていない。ただ盾を構えて、いや握ったまま立っている。


「馬鹿な……、こんなのは認めない……。認めないぞボクは!」


 アリベールはひどく取り乱し、その手から新たな魔術を発動しようとするが、試験官の声によってそれは遮られる。


「——終了です」


 その言葉と同時に、俺はルルフィの元へと走った。


「ルルフィ! 大丈夫か!?」


 今にも倒れそうになるルルフィを支え、声を掛ける。


 俺の声に反応して、ルルフィの口が動く。声にはなっていなかったが、確かに意識はある。


「エトレ! 手を貸してくれ!」


 俺は後からついてきたエトレに頼み、二人でルルフィを舞台から降ろす。


 その後は試験官に案内されるまま、医療室へと彼女を運び込んだ。


   * * * 


「——終了です」


 その一声が非常に耳障りだった。


 あと一撃、あと一撃あればボクの完全な勝利だった。それなのに……。


『…………まただ』


 結局、大量の魔力で押し切るのが正義だと、そう言いたいのか。


 少量でしか一度に魔力を放出できないボクには魔術の才能がないと、そう言いたいのか。


 ——そんな事、断じて認めない。


『よくもボクに恥をかかせてくれたな……』


 次こそは、完膚なきまでに叩きのめしてやる。そして証明してみせる。


 魔術の才能は、断じてその威力や放出量で決まるものではないということを。



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