努力の証
こうしている間にも試験は着々と進んでいく。
爪痕を残せない者、幾許か己の技量を示す者、圧倒的な実力を見せつける者。割合で言うと六割、三割、一割といったところか。
村にいた同年代の子どもといったらルルフィくらいなものだったので、この世界における「子ども」のイメージをいまいち掴めずにいた。
だがこうして舞台に上がる参加者を見ていると、ある程度のレベルというか、基準は定まってきた。
正直、大半の相手なら勝つことは出来る。だが、それは「銘創魔術」あってのこと。
この力を使いこなす様に神様から言われはしたが、これに甘えっぱなしという訳にはいかない。
今のままだと、もし急に銘創魔術が使えなくなりでもしたら、俺は何もできなくなってしまう。
『何とかしてこの学院に入って、ちゃんとした実力をつけないとな』
――おぉぉぉぉ!!!
突如として湧き上がる歓声に意識を持っていかれる。
舞台に上がっているのは一回り背丈の高い少女だ。周囲と比べると、明らかに年上だと分かる。
だが、一番に目を引くのは腰に下げられた一振りの剣。それに彼女の横では真っ二つに断たれた的が無残に転がっていた。
「も……もういいですか?」
見事に的を両断した彼女だが、その様子は落ち着きがなく、しきりに視線を泳がせている。
「えぇ、構いませんよ。シャルリア様」
また「様」がついている。ということは、彼女も貴族なのだろうか。
その割には先程の男と比べると抱く印象は真逆だった。何処か自信がなさそうで、自身の身体をどうにか縮こませている。
そんな彼女だが、試験官を言葉を聞いた瞬間にはもう舞台を去っていた。
「あれ? いつの間に?」
いつの間にいなくなったのか、俺にはさっぱり分からなかった。
* * *
『もうすぐ、私の番がやって来る』
緊張で鼓動がやかましく鳴り響く。集中しようにも、鼓動が意識を掻き乱す。
『アルも、エトレも、二人とも凄かった』
脳内では二人が試験を行っている時の記憶が鮮明に思い出される。
アルはこれまでの訓練で得た成果をしっかり出し切った。
エトレは自身の持つ力を最大限に活かしきった。
『なら、私は?』
私には何が出来るの?
私はこの試験に合格することが出来るの?
考えても考えても答えが出るはずもなく、生まれるのは不安と恐怖だけ。
そもそも、私には二人のように誇れる何かがない。
魔術の腕も、強力な技もない。
あるのはこの身体と、あの日以降強くなりたいと手にし続けてきた盾だけ。
これはお父さんの形見。お父さんが皆を守るために、どんな魔物からも逃げずに立ち向かった証。
こうして持つと改めて思い知らされる。
これは、今の私には過ぎた代物だと。
表面についた無数の傷や凹みが、私にその事実をありありと見せつけてくる。
「どうしたんだ? 暗い顔して」
顔を上げると、先程までエトレと話していたはずのアルがいつの間にか側まで寄ってきていた。
「ううん……、何でもないよ!」
「その割には顔色が悪いけど?」
嘘、と思って自身の顔を触って確かめてみる。
熱はないし、いつも通りの健康体だ。
「もう、脅かさないでよアル。私は――」
普通だ、といって腕を下げようとしたその時、アルが私の手を掴む。
「手、さっきからずっと震えたままだぞ?」
アルに言われて、空いているもう一つの手を見てみる。
それはまるで死に絶える生き物のように、弱々しく震えていた。
「緊張、してるのか?」
私は大人しく首を縦に振る。どうせバレているのだから、今更隠しても無駄だろう。
「緊張する気持ちは俺にも分かる。こういうのってどうしようもないもんな」
アルは背伸びをしながらこっちを見て、何か合図を送って来る。
様子からして、おそらく身体を動かせということなのだろう。アルなりに私の緊張を解そうとしてくれているのだ。
私もアルの見よう見真似で身体を動かしてみる。時々変わった姿勢になるけれど、凝り固まった身体には丁度いい運動だった。
だが肝心の緊張は未だ拭いきれず、私の中に残っている。
「ルルフィ。こういう時って、結局は自分を信じるしかないんだよ」
アルはそう言った。
確かに、アルには信じることの出来る力がある。緊張を吹き飛ばす程の魔術の腕が。
けど、私には……。
「私には、信じれるものなんてないよ」
昔からアルは凄かった。
初めて会った時から色々な魔術を使えて、それに物知りで、頼り甲斐があって、教えるのも上手くて。
そして今では、あの超難関と言われる魔術学院の試験を順調に突破している。
それに比べて私はいつもアルに守られてばかりで、教えられてばかりで……。
今もこうして、年下であるはずの彼に気を遣わせている。
そんな自分が、どこまでもどこまでも情けなかった。
『……私も、アルみたいになれたら』
拳を握り、情けない己の身体に目を落とす。
その時、私の視界に誰かの手が映り込んだ。見覚えのあるその手は私の拳を優しく包み込む。
「信じてやれよ、この手を」
アルの声がした。
『この手を……信じる?』
握っていた手を開いても、それはいつも通りの私の手で、何も変わったところは――。
「タコ、昔はこんなになかっただろ」
そう言われ、もう一度手を見ると確かに無数のタコがあった。
最初にタコが出来た時は痛くて何処に出来たか逐一確認していたが、最近はまるで気にしていなかった。
「俺はルルフィがこれまでしてきた努力をちゃんと見てた。そんなにタコが出来るまで、毎日盾を振ってたことも」
アルの言葉はまるで春風のように私の中へと入って来る。
「だから、俺はこの手を信じてる」
そう言い残し、アルは何処かへ歩いて行った。
アルの言葉はしばらくの間、私の耳に残ったままだった。
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