小さな星、大きな太陽

 試験を終え、満足した俺はすぐルルフィとエトレの元に戻った。


「驚きました……。アルって、こんなに強かったのですね」

 

 今思えば、エトレに本気の魔術を使っているところを見せたのはこれが初めてのことだ。


 多少の驚きはあったのだろう。意外というか、予想だにしていなかったという様子だ。


「そうだよ! アルの魔術はすごいんだから!」


「なんでそっちが自慢げなんだよ」


 嬉しそうに話すルルフィを見て思わずツッコむ。


「けど、あの魔術って最初は周りにあんな丸いのなかったよね?」


 ルルフィは掌で宙に半球を描いて見せる。


「この方が周囲に余計な被害が出ないし、魔力の再利用にもなると思って後から付け足したんだよ」


 今回試験で披露した技は「狂風フリアラ」というのだが、本来は空中に風の刃を無数に生み出して一斉に放つ技だった。


 技の威力は先程撃ち込んだ的を見れば一目瞭然だが、この技には大きな問題があった。


 単純明快な話だ。


 放たれた風の刃はランダムな方向に飛んでいく。しかも一個や二個ではなく、無数に。


 そう、


 物の試しと思って最初にこの技を再現した時は、それはもう大惨事だった。


 刃が頭上を掠めて飛んでいくわ、真っ二つに斬られて崩れる大木の下敷きになりかけるわ、散々な目に遭った。


 このままではこの技は産廃にしかなり得ない。どうにか実戦で使えるようにと試行錯誤した結果が、あの風のドームということだ。


 今までは銘創魔術か魔術式を用いた魔術しか使ってこなかった俺にとって、一から魔術を構築するというのは予想以上にハードルが高かった。


 魔力というのは思った以上に何でも出来るのだが、その分制御が難しいもので、あのドームも作るのに半月もかかった。


 だがその分、魔力の扱いにも慣れることが出来たのだから、いい経験になったと思っておく。

 

「――次、ウルラ・トライスさん」


 話をしている間にも着々と試験は進んでいく。


 俺の後に試験を受けた子は項垂れて舞台から去っていった。


 入れ替わりで試験を受けている、俺より背が高い少年も精いっぱい魔術を放っているが、悉く通用していない。あれでは試験通過は厳しいだろう。


「――次、エトレさん」


 次に呼ばれたのは、俺の真横にいる少女。


「では、行ってきます」


 彼女は俺達にそう言い残し、確かな足取りで舞台へと向かっていく。


 一切の緊張を感じさせず、冷静に、悠然と。


『一体、何をするつもりだ?』


 彼女が一歩踏み出す度に、俺の中で期待が大きく膨らんでいく。


 俺の期待が最大限に高まる頃、エトレは掌を宙に翳した。


 最初は小さな光だった。さながら遠くから見る星の様な、淡い光。


 一つ目が空中に漂うと、後に続けと言わんばかりに次々と彼女の掌から光が溢れ出す。


 やがて小さかった星は誰の目にも止まる太陽となって、彼女の元を離れた。


 向かう先はただ一点。光の中に捕らえられた的は一欠けらも残らず灰となり、太陽諸共俺達の前から姿を消した。


   * * *

 

「……すごいな」


「うん……」


 俺達二人は揃って彼女のことを甘く見ていたのだと分からされた。


「けど、あれなら余程の事がない限り合格出来るだろ」


 後はルルフィだけだが、肝心の彼女は暗い顔を浮かべていた。


 無理もない。何事もラストを飾るというのは緊張するものだ。


 他の皆が出来ているのに、自分だけ出来なかったら。そんな想像を浮かべるだけで、人は簡単に委縮する。


 何か声を掛けた方がいいかと思い、頭を捻る。

 

「戻りました」


 捻ったままの頭を下げると、すぐ側にエトレの頭が見えた。


「あぁ、おかえり。お疲れ様」


「私の力、どうでしたか?」


「そりゃ驚かされたよ。あんなに強い魔術が使えるなんて知らなかった」


「あれは厳密には魔術ではありません。私達炎叫の狼クラーデント・ルーの持つ技の一つです」


「そうなのか?」


 てっきり火属性魔術の強力なバージョンかと思ったが。


「私達の体内には炎を魔力に変換する器官が備わっていて、体内で作り出した魔力を更に強力な炎として放出しているのです」


「なるほど……」


 道理で普通の魔術より火力が高い訳だ。

 

「なので、私達の炎は他の種族には再現することができません。だからこそ、私達の炎を扱えるアルであれば子孫を」


「ストーップ!!!」


 外でこの話をするのはマズい。明らかにお巡りさん案件だ。


 エトレの口に蓋をし、他人に聞かれないように小声で諭す。


「そういうことは軽々しく口にしない! 問題になるから!」


「? 何故ですか?」


「何故……って、言われてもな……」


 そりゃ公序良俗に反するから……と言っても、これはあくまで前世での話。


 この世界ではそういった話をすることに抵抗を感じることは無いのだろうか?


「子孫を残すことは生物として当然の事だとみんな言っていました。なら、別に隠す必要はないのでは?」


 正論だ。反論の余地もない。


 だけど、だとしても種の繁栄には特定のが必要な訳で、それは俺達にとってのグレーゾーン……。


『待てよ?』


 エトレはその見た目に寄らず、しっかりとした性格だ。口調も丁寧で賢い。よく出来た子だと思う。


 だからこそ失念していた。


 ――彼女、単にを持ち合わせていないのではないか?


 以前不慮の事故で裸を見てしまった時は、きちんと恥じらいを表に出していた。


 なら、年頃の女の子であればこの話題に対しても何かしらの反応があって可笑しくはないはず。


 もし知らないとしたら、こうして番いやら子孫やらを積極的に求めてくるのにも説明がつく。


 知らないものに恥じらいなんて抱く訳がないのだから。


 だが、エトレが子孫を残したいと本気で思っているのもまた事実。既に恥じらいを捨て去った可能性もあるし、元々そういう行為に恥じらいを感じないのかもしれない。


 考えれば考える程、答えは遠ざかっていった。


『いっそ、聞いてみるか?』


 そんな考えが頭を過ぎったが、それこそセクハラでお巡りさん案件だ。


「とりあえず、この話は周りに人がいない時にすること!」


 半ばゴリ押した形だが、どうにかエトレには納得してもらえたのであった。



 

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