狂風

「すげぇ……」


 今、この場全員の注目は一人の男によって全て搔っ攫われた。


「流石、プレリスク家のご子息。魔術の腕も一級品だな」


「あぁ………。正直、何が起こったのか全く分からなかった」


 口に出す言葉は違えど、周囲の参加者は揃って男の賛辞を述べている。


 俺もまた、男の放った魔術がその賛辞を受けるに値するものだと認識はしている。

 

 だが、このまま良い様にさせたままでは俺の気が済まない。


 ルルフィに手を上げ、挑発を行ったアイツの出鼻をどうにか挫いてやりたい。


 その思いが胸の内で静かに高まる中、試験官が次の参加者の名前を読み上げる。


「――アルカディ・ロートレックさん」


 冷静になって考えれば当然の話だ。


 これまで試験を受けた参加者の名前は「アッシュ」と「アリベール」。


 このままの流れで行くと「アリ」から始まる名前の参加者がいない限り、次に呼ばれるのは「アル」で始まる人物。


 だが、こんなにも都合よく事が進むものなのか。


 俺は猛る気持ちをそのままに、会場の中央へと向かう。


「では、準備が出来次第始めてください」


 今この場にいる皆の頭の中には、先程放たれた男の魔術が深く刻まれている。


 ならこの場合、俺がアイツにしてやれる最も効果的な方法はただ一つ。


 それは――。


 を示し、この場全員の記憶を俺の魔術で上書きする事だ。


『遠慮はしない! 派手にやる!』


 まずは体内の魔力を集める。今回使う技は他に比べて消費する魔力も多いので、余計なことは考えずに集中する。


 手、腕、脳、胸、心臓、腹、腰、膝、足先。


 脈打つように流れる魔術を感じ取り、掌へ結集する。


 次に魔術の想像イメージ


 特定の魔術式を持つものであれば、詠唱をするだけで魔術を発動することが出来る。


 だがその場合、魔術は火の玉や水の壁といったしか持ち得ない。


 術者のイメージを色濃く反映するには、脳内で一から魔術を構築する必要がある。


 どれくらいの威力にするのか? 形は? 速度は? 持続時間は? 


 こういった細かな条件を個々に設定することによって、魔力は唯一無二オリジナルの魔術となる。


 銘創魔術の原理もこれに近しい。


 いつ、どこで見た記憶の中にある、何を、どれくらいの魔力を消費して生み出すのか。


 これらの具体的な問いに答えた先でこそ、銘創魔術を使用することが出来る。


 これに関して言えば、俺はつくづく恵まれていると思う。


 一度見たものは忘れない。半ば呪いのようなこの能力ちからのおかげで、俺はいつも答えを持ち歩いているのだから。


 だが、問題はこれだけではない。


 刀だって鞘に納められたままでは何も斬れない様に。


 大砲だって砲弾を飛ばす方向を間違えれば役に立たない様に。


 力は、それを適切に使えてこその力なのだ。


『俺が出来るのはあくまでの模倣。ラファールの技だって再現は出来ても、その身のこなしまでは再現できない』

 

 この問題は銘創魔術この力の存在を知って以降、常に考えさせられてきた。


 技の規模や威力が大きすぎで制御できず、何度も周囲の草木や岩を必要以上に傷つけた。


 ラファールの真似をしながら魔術を使い、彼との練度の差に絶望しながら地面に落っこちたこともあった。


 訓練の過程で作った大量の傷や痣と一緒に、俺の頭には失敗の記憶がいくつも刻まれている。


 だが、今日は違う。


 ――この場の記憶を上書きする魔術を、今見せてやる。


 俺は魔力を解き放ち、的周囲に緑色のドームを形成する。


 それは風の膜。対象を確実に、かつ効率的に倒すためのとっておき。


 滑らかな形状をしている風の膜、その内側からは次々に鋭利な刃が生え始める。


狂風フリアラ!」


 号令と共に風の刃は一斉に放たれ、的を幾度も切り裂いていく。


 真っ二つに、ズタズタに、細切れに。


 放たれた刃の一部はドームへと接触するが、刃もドームも性質は同じ風。刃はドームを形成する風の一部となり、やがて次の刃となって射出される。


 最初こそ多少の抵抗を見せた的も嵐の猛攻により、ものの数秒で原型を失った。


「これでいいですか?」


 的は木っ端微塵に出来たので問題はないと思うが、一応試験官に確認しておく。


「……………………は、はい」


 力のない返答だったが、まぁよし。


 俺の出番はこれで終わり。さっさと元いた場所へと引き返す。


 他の参加者は皆が皆口を開けているのにも関わらず、誰一人として声を出す者はいない。


 静けさを感じながらも、俺は参加者の集団から抜け出した。


「――よう」


 目の前では先ほどまで愉悦に浸っていた貴族様が目を丸くしていた。


 あの心底楽しそうだった笑みはどこかへ落してしまったのか、まるで顔色が違う。


 俺は男の元へと歩み寄り、拾った笑みを顔に翳して声を掛ける。

 

「なぁ。俺の顔、覚えてくれたか?」



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