紫糸
「おまたせ!」
ホールの外、二次試験の会場へと続く通路で待つ俺とエトレの元へとルルフィが駆け寄ってくる。
「ルルフィもこっちに来れたってことは、全員一次試験は通過か。まずは一安心だな」
「一安心、と言っても直に二次試験が始まるみたいですね」
ルルフィが来る前は学院の関係者らしき人が慌ただしくしている様子があちこちで見られたのだが、それもいつの間にか落ち着いていた。
二次試験の舞台となる屋外会場からは先程も体感した不調和な音色がそよ風に乗せられ、この場へと流れてくる。
俺達は導かれるようにその音に向かって歩みを進め、二次試験の会場に着くと先程のホールと変わらぬ空気がそこにはあった。
一つ違う点を挙げるとすれば、それは人の数。
ホールを埋める程にいた入学希望者も、既にその半分以下まで数を減らしていた。
俺達が恐らく最後の通過者なのだろう。後ろを振り向いても、後を歩く者はいない。
『それにしても、ルルフィだけやけに時間が掛かったな……』
俺やエトレは比較的スムーズに終わったので少々気になっていたのだが、ルルフィの反応を見ていても明確な答えは得られなかった。
『まぁ、全員一次試験を突破したことには変わりないし、深く考える必要はないか』
今考えるべきは、やはり……。
「注目!!!」
聞き覚えのある、空気を張るような声が周囲を支配する。声の主を探すと、一次試験の時も見かけたあの貫禄のある男性が再び俺達の前に現れていた。
「これから君達には、己の技量を示してもらう! 内容は自由! 各々自信があるものを示してもらえれば問題ない! それを我々試験官が総合的に判断し、合否を言い渡す! それでは、試験開始!」
男性の宣言と同時に他の試験官が分厚い紙束を持ってくる。
「これより皆さんの名前をお呼びしますので、名前を呼ばれた方から順に試験を始めていただきます。アッシュ・マーベさん、前へ」
「は、はい!」
参加者の集団から一人の少年が前へと弾き出される。
「剣術や魔術を披露する場合は目の前に設置してある的へお願いします。他の参加者の方は危険がないように少し距離を取ってください」
そうして少年と観衆との間に空間が生まれ、舞台に上がっているのは彼一人となった。
「で……では、いきます!」
腰の直剣を抜き放ち、少年は勢いよく人を模した的へと斬りかかる。
一撃、二撃、三撃。
素早い身のこなしによって振るわれた鋭い刃が次々に的を抉って…………いない。
軽い切り傷こそ出来はするが、その強靭な刃が的を貫くことは一つとしてない。
十字に組まれた木に布を被せただけの簡素な的は悠々と少年の前に立ち塞がっている。
「――終了してください」
その後も少年の必死な抵抗空しく、特に大きな損傷を負わせることなく彼の試験は終了した。
『……どういうことだ?』
単に少年の実力不足と捉えるにはあまりに不自然すぎる。素人が斬りかかってもしても普通はあれ以上の傷、いくらでもつけられるものだ。
もしかすると、的に使われている木材が鋼並みの強度を持っているのだろうか?
「次は……」
試験官が手に持った紙を一枚捲ると、一つ畏まった様子で次の参加者を呼び出す。
「アリベール・ソロヴァ・ラ・プレリスク様」
『様?』
唐突な敬語に違和感を覚えていると、忘れもしない顔が自信を露わにして前へと出てきた。
「――っ、アイツ!」
いきなりルルフィに殴りかかり、謝罪もなしにヘラヘラとしていたあの時の――。
「始めてもいいかな?」
首を振る試験官を流し目で見つめ、男は口に笑みを残してポケットに入れていた手を取り出し、そしてゆっくりと目の前にある的を指差した。
その行動が何を意味するのか、俺には分からない。
だから俺は男の指先を自然と目で追った。そして何の変哲のない的を見て思う。
『何を――』
視界の淵で紫の糸が思考を追い抜かし、駆ける。
まるで最初からあったかのように。
まるで最初からなかったかのように。
煌めきは瞬きと同時に消え去り、残された軌跡上では空気がバチバチと痺れている。
そしてそれを追いかける形でようやく思考が俺の意識へとたどり着き、思考が情報を求めて視線を正面へと戻した。
そこには胴の内側が風に揺らされ、バランスを崩した的が元より持ち合わせていなかった生気を更に無くして佇んでいた。
的から目が離せなくなった観衆を他所に、男は最後までその余裕そうな表情を崩すことなく舞台を去っていった。
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