次のステージへ
「次の方、お名前をどうぞ」
待ち時間は予想よりもずっと短かった。
さっきまで俺の前には五人並んでいたはずのに、気が付いた時にはもう試験官しか目の前にいない。
まるで最初から何もない空間を態々ゆっくりと歩いていたかのような気分だった。
「アルカディ・ロートレックです」
「……はい。では、こちらの魔力盤の前に立ってください」
手元の紙に何かを、おそらく俺の名前を書き終えた試験官は片方の手で俺を検査盤へと誘導する。
「その球体の部分に手を置き、準備が出来たらご自身の魔力を流してください。私が終了の合図をするまでは続けていただきますが、気分が悪くなった場合は無理をせずにすぐ止めてください」
「分かりました」
俺は言われた通りに魔力盤の中央、半球が出っ張っている部分に手を置く。
触った感じはひんやりとしているが、触れている部分から身体の中身が吸い取られていくような気分がして正直落ち着かない。
なので、早速始める。
いつも魔術を使う時のように、全身に分散した魔力へと意識を傾け、両手へと移動させる。
ある程度魔力が集まってきたら本来は使いたい魔術を想像し、それに合わせて魔力の形を変化させるのだが、今回に関しては必要ない。集めた魔力をそのまま外へと垂れ流すだけだ。
「……」
余計なことは考えず、時の流れに身を任せ、体内の魔力にアクセスして片っ端から両手へと送り込む。
「――はい。手を放して大丈夫ですよ」
心の中でまだかと考えていたのが読まれたのか、まるで俺の思考に合わせたかのようなタイミングで終了の合図が告げられた。
「これで一次試験は終わりですか?」
「はい。お疲れ様でした」
意外とあっけなく終わって少々拍子抜けしたが、問題はこの後だ。
俺は、次の
「アルカディ・ロートレックさん……」
「はい……」
果たして、試験の結果は――!?
「あなた、風系統の魔術が得意ですよね?」
「え?」
予想外の発言に戸惑ったが、一応「はい」と答えておく。
すると試験官は「やっぱりね」と呟いて、手元の紙に筆を走らせる。
「火、水、土、どれをとっても平均よりもずっと高い。雷以外は文句のつけようもないと言っていいでしょう。それに加えて風魔術へのこの適正の高さとなれば……」
徐々に独り言のスピードが増していく。こちらが口を挟む隙など微塵も感じさせない。
「今の気分はどうですか? どこか気分が悪かったりはしませんか?」
「特にはないですけど……」
「息切れや疲労感もなし……と。魔力量もかなりあるわね。これなら使える魔術にも幅が出るわ。やっぱり主軸に据えるとしたら風と火かしら? でも風と水の相性も悪くはないし、風と土の組み合わせなんかも――!」
「すみません! 少しいいですか!」
これ以上喋らせると夜明けまでかかりそうなので、本気で止める。
「で、どうなんですか? 俺の合否は?」
この検査の主軸がそこだというのを忘れていたのか、試験官ははっとした表情を浮かべる。
「あぁ、ごめんなさい。癖でね」
試験官は改めて俺の方を向くと、ホールの入り口を指指した。
「会場を出て右に進んでいけば、外に練習場があります」
「――二次試験の会場はそちらです。どうぞ、お進みください」
試験官ははっきりとそう言った。
俺には次のステージに進む資格がある、と。
「はい!」
この瞬間、俺の十年間は確かな意味を持ったのだ。
* * *
少年が会場から去っていくのを見送り、次の入学希望者へと意識を向ける。
今度は赤色に煌めく髪に深海を思わせるような青い瞳を持った獣人の少女だ。その顔つきは未だ幼いながらも、確かな知的さを持ち合わせている。
『さっきの少年もそうだったけど、今年は中々に期待が持てそうな子が多いわね』
「次の方、お名前をどうぞ」
「エトレです」
(エトレ……っと)
獣人は名前が短いからこういう時には非常に助かる。貴族らの相手をすると、大抵はこの十倍以上筆を動かさなくてはならない。非常に面倒だ。
「では、そちらの検査盤の前に立って――」
「説明は必要ありません。聞いていましたので」
そう言うと彼女は魔力盤の前に立ち、その掌を重ねる。
そうして掌から魔力盤に通された魔力が内蔵された各属性の魔石へと流れてくることで、その種類や量を見極め、合否の判断基準とするのだ。
先程の少年は風属性の魔石が限界量の七から八割、他の三種が四から五割といった具合で、正直かなりの上澄みだった。
魔力の量、密度、伝達速度のどれをとっても平均値を遥かに上回る。いわゆる超万能型だ。
その点、彼女の場合は至って単純明快だった。
魔力を感知した魔石は火属性の一つだけ。だがその魔石は彼女が検査盤に触れると、あっという間に許容量の限界に達した。
これには流石の私も驚きを隠せなかった。
「――あっ! もう手を放しても大丈夫ですよ!」
これ以上魔力を流すと検査盤が故障する可能性がある。
慌てて止めると、エトレという名の少女はすぐに魔力を流すのを止めた。魔力の制御も正確だが、何より疲労の色を全く感じさせなかった。
彼女の魔力量は、底が知れない。
「それで、私は合格でしょうか?」
彼女は己の実力を過信することも、卑下することもなくといった様子で私の言葉を待っている。
「――えぇ。合格よ」
その言葉を聞いた彼女は、一礼だけするとすぐにホールを後にしていった。
『さて、最後ね……』
試験開始時には会場全体を埋め尽くしていた入学希望者も、残すは一人となった。
「次の方、どうぞ」
「はい! ルルフィ・ハイルーンです!」
最後に来たのは、黄金の様な髪色と艶やかな赤目が特徴の女の子だった。気合いが入った声でハキハキと返事をする様子は非常に好感が持てる。
「では、そちらの検査盤の前に立って魔力を流してください。気分が悪くなった場合は無理をせず、すぐに中止するようにお願いしますね」
「……はい!」
彼女は私の説明を真摯に聞き、一間置いて魔力盤に手をつける。
魔力を流しているのであろう彼女の表情は真剣そのものだった。
だが、魔力盤が指し示した結果は平凡なものだった。
適正のある属性も少ないし、魔力の量も決して多いとは……。
『――いや、違う』
彼女は先程から魔力を流しているが、魔力盤には流れて来ない。
厳密に言えば、魔力盤の中にある五属性の魔石へと魔力が流れて来ないのだ。
『と、いうことは……』
私は一度彼女の適正検査を中断し、先程とは別種の魔力盤を用いて検査を再開した。
すると、検査盤が見事に彼女の才能を示し出した。
それも、とびきり希少な才能を。
「本当に、今年は粒揃いね」
今後の試験には益々期待が持てそうだ。
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