一次試験
学院の中へと入ると、そのまま一つの大きなホールへ通された。
おそらくここが試験会場なのだろう。しんと静まり返ったホールの中にはいくつか縦長の箱が置かれており、その近くには試験官らしき人達が立っている。
どうやら試験開始まで少しばかり時間があるらしく、気になって周囲に目を向けてみると、辺り一帯の空気ががらりと変わっていることに気づいた。
周りにいるのは入学をかけて競い合うライバルばかり。誰も彼もが神経を尖らせて互いの顔色を探っている。
所々聞こえる小声話にカチンカチンと武具が擦れる音が混じり、まるで調律の取れていない音色が奏でられていた。
「注目!!!」
突如としてホール全体に響き渡ったその一言はまるで指揮者が演奏を止めたが如く、俺達から音という音を消し去った。
「ここはユニバ魔術学院へ入学を志す者が集う場所である! 各々、それを理解した上で私の話を聞くように!」
ホールの奥、壇上に登る男性は四十代前半といった容貌だが、十分にその貫禄を俺達に示してくる。
「これより、ユニバ魔術学院入学試験を行う!」
「一次試験は『魔術適正検査』だ! 君達には目の前に設置された検査盤に魔力を流してもらう! 合否はそれぞれの検査盤を担当する試験官より通達する! それでは、試験開始!」
壇上の男性の言葉を皮切りに、その場に居合わせた入学希望者達は我先にと各試験官の元へと向かっていく。
検査盤と呼ばれる縦長の箱に手を置き、魔力を流し終わった者の悲喜入り混じった声がホールに木霊する。
『いよいよ、試験が始まった……』
会場の空気に当たった今、緊張が俺の精神の半分を占めているが、同時に確かな高揚感も得ていた。
生まれ変わり、ゼロから始めた異世界人生。十年の月日を過ごした今の自分のレベルは一体どの程度なのか。
この試験は、それを知る絶好の機会なのだから。
「よし、俺達も――」
後ろの二人に声をかけようとしたその時、ルルフィの背後に一つの影が迫ってきていた。
「どきたまえ」
――ブォン!!!
先程までルルフィの顔があったであろう場所を、一つの拳が空気を押し退けて通り過ぎる。
あとほんの少し後ろを振り向くのが遅かったら、今こうして彼女の身体を引き寄せることは叶わなかっただろう。
「……どういうつもりだよ?」
今にも血管が張り裂けそうになるのを必死に抑え、何とか言葉を吐き出す。
目の前の男は伸ばした手をそのまま頭部へと持ってきて、肩まで伸びた自身の金髪を愛でている。
「なに、目の前に薄汚いゴミが見えたから払おうとしただけさ。何も可笑しな事ではないだろう?」
「――ッ!」
男の胸ぐらを掴んでやろうとしたその時、周囲が灼熱と化した。
熱源は俺の直ぐ後ろ。エトレが今にも標的を噛み殺そうとする目つきで、怒りの炎を燃え上がらせている。
明らかな戦闘態勢だ。このまま手に構えた火球を放てば、男の体がどうなるかは想像に難くない。
そんな彼女を見たからこそ、俺の頭は却って冷静になっていた。
俺は今にも限界を迎えそうなエトレを握り拳で制する。
一瞬驚いた様子のエトレだったが、俺の方を振り向くと手に構えた火球をかき消した。
俺もエトレを制していた手を元に戻し、目の前の男に対する怒りを残さず両目へと込める。
「顔、覚えたからな」
「覚えるだけ無駄じゃないかな? 」
男はフンと鼻で鳴らし、薄笑いを浮かべる。
「君のような底辺の人間が、この先に進めるとは思えないからね」
最後にはそんな台詞を吐いて、悠々とその場を去っていった。
「ルルフィ、大丈夫か?」
「……うん、平気」
幸いにも彼女の言葉通り、ルルフィの身体には傷一つついていない。
だが、だからと言って「良かったですね。はい終わり」では到底済まされない。
「いきなり殴りかかってくるとか、まともな教育を受けてこなかったのか?」
せめてもの抵抗として嫌味の一つでも耳に入れてやろうと思ったが、男の意識は既に担当する試験官の方へと向けられていた。
男が幾度か試験官と言葉を交わすと、試験官の態度が目に見えて変わった。
腰を折り、頭を下げ、直前の希望者には行っていた試験もまるで無かったかのように男を次の会場へと案内していく。
「……何でアイツだけ特別扱いなんだ?」
益々気に食わないなと思っていると、横にいたルルフィが丁寧に説明してくれた。
「多分、あの人が貴族の家系だからだと思うよ」
「貴族?」
歴史の授業ではよく耳にした言葉だ。が、この世界では言葉だけでなく現実として存在しているのか。
「うん。胸辺りに貴族の家系を表す紋章がついてたからね」
あの嫌な態度も、貴族特有のものだったりするのだろうか。だとしたら、この世界の未来はさぞ明るいことだろう。
「何にせよ、ルルフィが無事で良かった。エトレもよく我慢したな」
あそこであの男の挑発に乗って殴りかかったり、火球を放とうものなら試験を受けるどころの話ではなくなっていた。
俺達は無駄な喧嘩をしに来たのではない。ちゃんとした目的があってここにいるのだ。
「まだ適正検査を受けておられない方、いらっしゃいましたらこちらで行いまーす!」
最初は息苦しいとすら思っていたホールも徐々に人が減り、列もかなり短くなってきている。
逸れた意識を再び試験へと据え、俺は再び二人に声をかける。
「――行くぞ!」
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