いざ、学院へ

「『己の技量を示せ』……か」


「難しい内容だよね」


 ルルフィが顔を渋らせる。


「まぁ、中途半端なものは出せないだろうな」


 技量、つまり「自分には何が出来るか」をアピールすることが二次試験の内容となる。


 項目する内容に指定はないので自信のあるものを一つ提示しろ、と試験官は言っていた。が、それらの発言自体が今となってはほとんど形骸化している。


 実際のところ魔術か剣術、あるいは戦闘術といったものを選択する者が大半だそうだ。


「受験者の素養を見極めるのが第一の目的なのは当然として、おそらくある程度似たような特徴を持った人の中から優秀な者を率先して残そうっていうのが学院側むこうの考えだろう」


 いわゆる「他者との差別化」というやつだ。


 差別化という点で言うと、他の受験者には真似することが出来ないような特技や能力を持つ場合も独自性という面で評価の対象にはなる。


「他人より優秀であることを示すか、自分にしか出来ないことを示すか。この二つが二次試験通過の鍵になってくるはずだ」


「へぇ……詳しいんですね」


 エトレが興味深そうな視線を向けてくる。


「いや、あくまで推測の話だよ」


 前の世界での経験を含めた上での推測、というのは言わないお約束だ。


「私は提示するものを決めました。元々器用な方ではないので、そもそも選択肢が限られていますし」


 エトレは自身の紅蓮に輝く髪にそっと触れる。


『……予想外の形で行動を共にすることになったが、今思うとエトレについては知らないことだらけだな』


 彼女が何をアピールするのか、まるで想像がつかない。


 故郷の件もそうだが、エトレの生い立ちや好み、得意不得意に至っても何一つ分かっていない。


 その点で言えば、この試験は彼女のことを知る良い機会かもしれない。


 それに、この学院であれば彼女の故郷に関する手がかりを掴める可能性は十分にある。


 この事については前もってエトレにも伝えたのだが、話を聞く彼女の目の色は明らかに変わっていた。


 故郷に戻って子孫を残すことが彼女の願いであり、それが現実へと近づいてきたのだ。当然の反応と言える。


『つまり、余計に合格するしかなくなった訳だ』


 問題は「何をアピールするか」だが。


「……俺も決めた」

 

 結論は直ぐに出た。


 俺は(おそらく)俺にしか出来ない技を持っている。なら、それを活かさない手はない。


 何年にも渡って練習を続けてきたおかげで失敗する可能性はほぼゼロに等しい。試験でアピールする項目としては十分だ。


「ルルフィはどうするんだ?」


 先程から一言も声を発していないので気になって声を掛けると、どうやら深く考え込んでいる様子だった。こちらの声が届いていないのか、先程の問いかけにも応じる気配がない。


「ルルフィ?」


「なっ、なに!?」


 再度声を掛けると、今度はその場で飛び上がる位の勢いで反応した。


「ルルフィはどうするのか気になっただけだ。決まりそうか?」

 

「……ごめん。もうちょっとだけ、考えてみる」


 いつもはハッキリとした物言いのルルフィだが、この時は歯切れが悪そうに言葉を濁すのだった。


   * * *


 翌朝。


 全員の体調確認や準備運動を終わらせた俺達は入学試験に参加する為、再び学院へと足を運んだ。


 王都に来て次の日に試験というのは正直かなり密なスケジュールになっていると思うが、これにはちゃんとした理由がある。


 魔術学院には毎年多くの入学希望者がその門を叩く。王都へとやって来る人の内、三人に一人が魔術学院目当てという時期もあったくらいにその人気は凄まじい。


 そうして希望者が毎年のように殺到するので大学側は半永久的に試験の対応に追われることになり、ついには試験官全員が悲鳴を上げた。


 「もう無理だ!」、「いつになったら終わるんだ!」、「お家に帰りたい……」等々、それは正しく阿鼻叫喚だったという。


 大学の理事長もこの事については流石に問題視していたらしく、ここ最近になって一年中行っていた試験に実施期間を設け、合格者の数にも制限をかけることにしたそうだ。


 合格するに足る力や才能を持っていても、既に枠が埋まっていれば当然入学することは出来ない。言わずもがな、入学をかけた戦いは苛烈を極めることとなった。


 既に試験が始まっている以上はいつ定員に達してもおかしくない。悠長に構えていると、あっという間に定員オーバーになるという訳だ。


「ルルフィ、準備はいいか?」

 

 昨日見た彼女の曇り顔が頭に浮かび、歩きながらで聞いてみるとルルフィは一度溜めてから口を開いた。


「――うん、大丈夫」


 胸の前で手を重ね、はっきりとそう答える彼女の瞳は揺るぎない覚悟の色で満ちていた。


『……この様子なら、心配するのは自分のことだけで良さそうだな』


 昨日覚えた道を歩く中で、同じ方向へ向かう人の姿が徐々に増えてきた。


 年齢に多少のばらつきはあるが、その多くは俺達より少し年上の若者だ。皆似たような顔つきで歩いているので、彼らの目的は直ぐに分かった。


「彼らも学院に向かっているのでしょうか?」


「おそらく、な」


 視線の先では先に歩いていた人々が学院の門を次々に潜っていく。


「俺達も行くぞ!」


「うん!」「はい!」



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