償う覚悟

「あ……」


 俺の言葉に、ルルフィも気がついたようだ。


 あの日俺達が遭遇した化物こそ、この子の母親だったことを。


「…………すまん」


 俺は謝ることしかできなかった。例え許されないと分かっていても。


「――けど! あれは私を助けるためで!」


 ルルフィは必死になって俺のことを庇ってくれるが、それはただの言い訳に過ぎない。


 ったのは俺だ。


 この子の母親を殺したという事実は、どう足掻いても変わらない。


「……さっきから、何をそんなに謝っているんですか?」


 ――え?


 目を合わすと、女の子の表情は一つとして変わっていなかった。


「お母さんは死んで、誰かの命になって生きていく。ただそれだけのことじゃないですか」


 その言葉を、俺は全くもって理解できなかった。


「だ、だって仇だぞ! 俺のせいで親が死んだんだぞ! 普通恨みとか、怒りとか、何かあるだろ!」


 もし俺が親を誰かに殺されたら、一生かけて恨み続けるだろう。犯人を探し出して復讐しようとするかもしれない。


 それが普通だ。普通のはずだ。


「お母さんが死んだのは何も特別な事じゃありません。私もお母さんも、生きるために他の生き物を殺してますから」

 

 当然のように告げられる彼女の言葉は俺からすれば非情で、残酷で、けどこの世の理をしかと捉えているようにも思えて。


 はっきり言って、住んでいる世界が違うと感じた。


「だから、別にあなたが謝る必要はないと思います」


 そう言い放つ彼女の姿は、俺の目にはまるで感情のないロボットみたいに映った。


「け、けど。俺のせいでお前は家族を失ったんだ。お前が納得していても、俺が納得出来ない」


「そうですか……。なら、私から一つ提案があります」


 女の子は一つ身を乗り出し、俺の胸元まで近づいてくる。


 お互い身に着けているのはバスタオル一枚のみ。


 真剣な話の最中だという自覚はあるものの、こうも距離を詰められると鼓動の早まりを抑えられない。


 彼女の唇は緩やかに形を取り、やがてその口を開いた。

 

「私の、つがいになってくれませんか?」


 番いとは動物で言う雄と雌の一組を指す言葉であり、またこれを転じて、人間間における関係を表現する際にも用いられる。


「えぇぇぇぇ!?」


 隣で黙って話を聞いてきたはずのルルフィが思わず声を上げた。


「待て! どうしてそんな話になる!?」


 さっきまで「俺が彼女の母親の仇」という内容だったのに、いきなり話が飛躍したというか、百八十度違う方向へと変わっている。


 理解に戸惑っていると、女の子は前のめりになった体勢を元に戻し、改めて話を始めた。


「あなたのには確かにお母さんの気配が宿っていました。なら、可能性はあります」


「――私達一族の血を残せる、可能性が」


 女の子は明らかに思いつめたような表情を浮かべる。


 先程まで忙しなく揺れていた尻尾も、いつの間にかだらんと垂れ下がっていた。


「一族の血?」


 ルルフィが先の言葉の意味を尋ねる。

 

「私達炎叫の狼クラーデント・ルーは元々数が少なく、出来るだけ多くの子孫を残すようにと小さな頃から言われて育ちました」


「ですが訳あって私とお母さんは故郷に帰れなくなり、仲間とも離れ離れになってしまったのです」


 ひどく真面目に話している彼女の表情を見て、これまでの話にも先程の発言にも嘘偽りがないとようやく理解した。


「子を作ろうにも余程相性が良い相手か同族でないと難しく、私一人では到底無理だと諦めていました」


「そんな時です。あなたを見つけたのは」


 女の子は先ほどの真面目顔に少しばかりの笑みを含ませる。


「『あなたとなら子孫を残せるかもしれない』と、私の直感がそう働いたのです」


「そっか。だからあの時、アルに向かって飛びついてきたんだね」


 ルルフィは納得した様子で頷いている。


 俺も彼女が俺達についてきた経緯と理由については、これまでの話の内容で朧気だが理解出来た。


 そして彼女の言う「お母さんの気配」についても、おおよその見当がついた。


「お母さんの気配って、これのことか?」


 俺は五年前の記憶から彼女の母親に放たれた火球を再現して見せる。


「――やっぱり!」


 女の子は勢いよく立ち上がり、俺の元へと駆け寄ってきた勢いでそのまま火球へと手を伸ばす。


「ちょっ! 危ない!」


 急いでキャンセルしようとするが、それよりも先に彼女の手が火球に触れた。


 一切を焼き尽くすはずの業火は彼女の手を拒むことなく、俺の手元を離れていく。


 火球は今現在、彼女によってバスケットボールみたく抱えられている。

 

 どうやって掴んでいるのか。掴んでいて熱くないのか。


 諸々の疑問は瞬きの間に全て消え去った。


「あむ」


 その可愛らしい一声と共に、火球は女の子の口の中へと消えていく。

 

 極上のスイーツを口にしたかのような笑顔を浮かべる彼女を見て、俺は言葉が出なかった。


「それで、どうですか? 私の提案、受けてくれますか?」


 彼女はその蒼玉の瞳を真っすぐこちらに向けて、俺の答えを待っている。


『俺に出来ることなら、彼女の目的は叶えてやりたい』


『それが、せめてもの償いになるのなら』

 

「……なぁ、一つ聞いていいか?」


「何ですか?」

 

「お前は、子孫を残すのが目的なんだよな?」


 俺の質問に女の子は首を縦に振る。

 

 それを見た時点で、俺の中での覚悟は決まった。


「分かった。なら、俺がお前を故郷まで連れていく!」


 故郷に仲間がいるのならそいつらと一緒にいた方が彼女も幸せだろうし、子孫を残すにしても同族の方が生物学的にもいいはずだ。


 何も無理して俺を選ぶ必要はない。


 それに、俺のせいで家族でもあり仲間でもある存在を失ったのだから、これくらいしないと到底償いとは言えない。


「もし連れて行けなかったら、その時はどんな提案でも飲むと約束する。それでどうだ?」


 そう宣言すると彼女は一瞬動揺を見せたが、その表情はすぐに明るいものへと変わっていった。


「はい! ありがとうございます!」


 こうして、俺の旅に「故郷を探す」という新たな目的が追加されたのだった。



 

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