訓練、訓練、また訓練

 次の日からルルフィが訓練場に来るようになった。


 始めて来た時、体のほとんどを覆うくらいの大盾を引き摺りながらやって来たのには流石に驚かされたが、彼女は「これでみんなを守れるようになる!」とやる気をみなぎらせていた。


 そんなやる気とは裏腹に、現実はその大盾が今のルルフィには到底使いこなせる代物ではないことをありありと俺らに見せつけてくる。


 俺も最初はもう少し体に合ったものを持つべきだと言ったのだが、本人としてはどうしてもその大盾を使いたいらしい。


 なので、将来彼女がその大盾を使いこなせるようにするための訓練を始めることにした。


 といってもやることは単純明快で、ずばり「筋力をつける」、これだけだ。


 今は持ち上げることすらできないとしても、いずれ彼女の身体が盾のスペックに追いつく時が来る。その時に少しでも負担を軽減できるようにしておこう、という考えだ。


 俺も前世はスポーツ一筋といっても過言ではないくらい熱中していた身。筋トレのやり方も勿論頭に叩き込んでいる。


 という訳で、ルルフィは俺の指導の下で筋トレをすることになった。

 

 ルルフィの筋トレを側で眺めつつ、昨日の出来事について頭の中を掻き回している内に俺は一つの結論にたどり着いた。


 そう、銘創魔術と俺の相性があまりにも良すぎることに。


 今思えば、フィクション染みた破壊力を持つ風の球を作り出せるだけでも十分過ぎるくらい強力な力だった。


 それが、昨日の戦いで更に一段階評価を上げた。


 あの時、化物の放つ火球を見ただけで完璧に真似ることが出来た。付け加えるなら、今この場であの火球を完全再現することも出来る。


 これらは全て、俺のカメラアイがあってのことだろう。


 カメラアイによって、俺は一度見た出来事を忘れることはないし、忘れようにも忘れることが出来ない。俺が見たものは全て、俺の記憶の中で永遠に残り続ける。


 記憶からものを作り出す力と一度見たものを忘れない目。これら二つの組み合わせは、はっきり言って最強だと俺は思う。


『あの神様、そこまで考えていたのか……』


 エルヴィラの底知れぬ考えに、俺は純粋な驚きと感謝を感じていた。


   * * *

 

 ルルフィが来るようになって一か月が経った。


 彼女はあれからずっと、俺が指示したメニューを忠実にこなしている。


 俺も魔術の訓練の合間にルルフィの筋トレに参加しているが、既に体力の差が現れ始めている。


 正直どこかで挫折するのではないかと心配していたのだが、彼女の根性は予想以上だった。


 一方の俺はというと、最近回復魔術の練習を始めた。


 まず使えるようになって損はないし、魔術紙作成の手伝いも捗る。だから教えてくれとアウレラにお願いしたら、快く了承してくれた。


 イメージとしては魔力を流して傷を塞ぐようにすると上手くいくらしい。が、これが俺にとって鬼門になっている。


 俺は昔から血や内臓といったグロテスクなものが苦手なのだ。傷口とかも一度見ただけで全て記憶してしまうから、フラッシュバックが絶えない。


 これが足を引っ張って、いつも回復魔術をキャンセルしてしまうのだ。


 こればっかりは慣れだと割り切って、今日も回復魔術を唱える。


 今はひたすら練習あるのみだ。


   * * *


 さらに一年が経過した。


 ルルフィはすっかり筋トレに慣れたようで、一人でメニューを増やしたりして訓練に励んでいる。


 最近ではあの大盾も少しずつだが持ち上げられるようになってきたようで、益々やる気になっている。


 かくいう俺もグロテスク嫌いは変わらないが、回復魔術自体は使えるようになった。


 これで多少の怪我は問題なくなった。怪我しないのが一番だが、いつでも自分で回復できるというのは安心ものだ。


 アウレラに回復魔術を教わり終え、次は初級魔術に挑戦することにした。


 火、水、風、土、雷。


 今の状態でも出すこと自体は可能だが、それは銘創魔術ありきでのこと。


 元々は貰い物なのだから、それがいつまでも使えるとは限らない。


 正規の方法でも使えるようになっておかないと、仮にこの力が失われた時に俺は無力と化してしまう。


 幸い各初級魔術は回復魔術よりも簡単だったので、全て問題なく習得することが出来た。


 ただ魔術には相性が存在するようで、俺は雷の魔術と相性が悪いらしい。


 相性が悪いと最悪魔術自体が使えないと教えられたが、発動自体は出来たので問題なさそうだ。


 最近はルルフィに盾を構えてもらい、そこに魔術を打ち込むという実戦形式の訓練も並行して行っている。


 これで俺は魔術の詠唱とコントロールを、ルルフィは盾の使い方と体幹を鍛えることが出来るのでかなり効率的なトレーニングだと思っている。


 こうして日々訓練を積み重ねているのだが、最近になって一つ問題が発覚した。

 今こうして必死に覚えている魔術、その使い道についてだ。


 この世界における進路にどういったルートがあるのか分からないし、魔術を活かせる道があるのかについても俺は知らない。


 どうせなら、今の訓練が活きる形での進路を見つけていきたいものだが。


『というか、やっぱりこの世界でも進路については頭を悩ませなきゃいけないのか……』


 魔術とか魔物とか、ファンタジー感溢れるこの世界も確固とした現実なのだと実感させられる。


「はぁ……」


「アル、どうしたの?」


 思わず溜息をついてしまったせいか、ルルフィが心配そうな目でこっちを見てくる。


「いや、何でもない」


「もう暗くなってきたし、今日はここまでにする?」

 

 もうそんな時間かと空を見上げると、既に茜色に染まりきっていた。

 

「そうだな、帰るか」


 周辺を軽く掃除し、周囲に目を凝らして森を出る。


 あの日以降、魔物は一度も姿を見せていない。だが、魔物は何の前触れもなく俺たちの前にやって来たのだ。いつどこで遭遇してもおかしくはない。


 だからこそ、森を出入りする時の警戒は欠かせないのだ。

 

「じゃあ、また明日! 村のお手伝いが終わったらすぐ行くから!」

 

 そう言い残し、ルルフィは家へと帰っていった。


 手を振って見送り、俺も家路につく。


 ルルフィの家の周辺は小さな集落を形成しているのに対し、俺の家の周辺には誰も住んでいない。


 当然帰り道に他人とすれ違うこともないので、こうして祖国の古き良き音楽を口ずさんでいても奇妙な目で見られる心配はないのだ。


「盗んだバイクで走り出す~。行き先も~分からないまま~」


 ガサガサッ。


「ん?」


 今、赤色の何かが目の前を一瞬通っていったような気が。


 魔物じゃないかと一瞬肝を冷やしたが、周囲を見ても畑と一本道だけで何もいない。


「……何だったんだ?」


 草木が風に靡いただけだったのだろうか。それとも野生動物が茂みに隠れてたのか。


 気になって色々考えていると、急に視界の上半分が茶色に染まる。


 咄嗟に足を止め、目の前の茶色が何か目を向ける。


 何かと思えば、自分の家の壁だった。


 どうやら無心で歩いているうちに、いつの間にか家に着いていたようだ。

 

「ただいまー」


 扉を開けると、中ではちょうど晩御飯の支度をしている最中だった。

 

「おかえり、アル」


「おぉ、アル。おかえり」


 いつもは依頼で家を空けることが多いハイリスも、今日は家でのんびりとくつろいでいた。

 

「あれ、お父さん。仕事はもういいの?」


「あぁ。今日は思った以上に早く終わってな」


「さぁ、二人とも。ご飯にしましょう」


 アウレラが台所から料理を運んでくる。皿に盛られたスープからは湯気と香ばしい匂いが立ち昇り、一日中動き回ってすっからかんとなったお腹を刺激してくる。


 すぐに手を洗って自分の席に着き、家族そろっての食事が始まる。


 メニューは野菜のスープとパン。


 内容はシンプルだが、これがめちゃくちゃ美味い。ちょっと高めのレストランで出されても違和感がないくらいには美味い。この料理を食う度に、この家に生まれて良かったと実感する。


「アル、最近どうだ? 訓練の成果はちゃんと出てるのか?」


 ハイリスが飲み物片手に上機嫌で聞いてくる。


 ふふふ。パパよ、甘く見ないでほしい。こちとら一年間毎日のように研鑽を重ね、日々進化しているのだ。

 

「もちろん、初級の魔術ならバッチリ使えるようになったよ」


「本当か!? 流石、俺たちの子だな!」

 

 ハイリスが視線を送ると、アウレラも嬉しそうに微笑んでいる。

 

「この年でこれだけ魔術が使えるなら、将来きっと凄い魔術師になるわ!」


「アル、これからも頑張るんだぞ」


「うん、分かった!」


 まだまだやれることは沢山あるし、訓練が役に立つことは一年前に証明されている。


 だから、今後も自由な時間は全て訓練につぎ込む。


 今はそれでいい。


 これからの進路が定まるまでは、今まで通り力を付けていこう。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る