ルルフィ・ハイルーン

 なんとか化物は撃破したが、既に魔力の大半を使ってしまった。またさっきみたいに襲われたら、流石に勝てるとは思えない。


「ここにいるのは危険だ。早く森から出よう」


 化物がアイツ一体とは限らない。まずは森を抜けて、大人たちにこのことを知らせるべきだ。


「ま、待って!」


 踏み出す足が重くなる。後ろを振り返ると、女の子が俺の服の裾を引っ張っている。


「どうした?」


 女の子の手には空っぽの籠が握られていた。


「……私、何か食べ物がないか探しに来たの」

 

 その言葉を聞いておおよその状況を察した。


 恐らく果物か何かを取りに森へ入ったらあの化物に遭遇してしまい、食べ物探しをする余裕などなかったのだろう。


 だけど、今この森の中を一人で進むのはあまりに危険だ。他にも化物がいるかもしれないし、化物の出現で動物の気性が荒くなっている可能性もある。


「……分かった。ちょっと後ろを向いててくれる?」


「? うん……」


 彼女が言う通りにしている間に、残った魔力を全部使って林檎を生成する。五個が限界だったが、このまま危険な森の中を探し回るよりはマシだろう。


 もういいよと合図すると、彼女は驚いた様子でこちらを見てくる。


「これでいい?」


 手に持った林檎を全て籠に入れてやると、女の子はやや混乱した様子で「ありがとう」と返してきた。


「よし、じゃあ帰ろう」


 そうして俺は女の子と一緒に森の外へと歩き出した。


 俺が率先して化物や他の脅威がないか警戒しながら進み、彼女には俺の後ろを付いてきてもらう。


 森自体は特段深いという訳ではない。道順さえ間違えなければ、十分もかからずに外へと出られる。


 一つ気がかりなのは、女の子がさっきから俯いてばかりだということ。もしかすると、さっきの化物がトラウマになって外を歩くこと自体が怖くなっているのかもしれない。

 

『早く安全な所に連れて行ってあげないとな』


 そう思っていると、ふと彼女の顔が上がった。金色の髪、その隙間から見える真っ赤な瞳がこちらをはっきりと見つめてくる。その顔色が何を表しているのか、俺には分からなかった。


 その後俺は背後からの視線を常に感じながら進み、女の子を連れてなんとか森から抜け出した。


「や、やっと出られた!」


 いつ襲われるか分からない恐怖から解放され、一気に緊張の糸が切れる。


 普段はこんな思いをしなくても帰って来られるのだが、今日は違う。あの化物イレギュラーのせいで常に警戒を余儀なくされた。全く厄介にも程がある。


 後ろの女の子も俺と同じだったらしく、緊張から解放されたことで口から安堵の声が漏れていた。


「ここから先は一人で帰れるか?」


 そう聞いた瞬間、後ろで俺の服を掴んでいる手に力が込められる。


「……分かった。着いていくから、家まで案内してもらってもいいか?」


「! うん!」


「俺はあs……アルカディ・ロートレック。アルって呼んでくれ」


 危なかった。「朝村」と言いかけた口を必死に軌道修正して、の俺の名前を伝える。


「わ、私はルルフィ。ルルフィ・ハイルーン。よろしく!」


 ルルフィは俺の背後から隣へと並ぶと、正面に伸びる道を指差した。


「この道を真っ直ぐ歩いていくと一本木が生えてるから、そこを曲がればすぐだよ!」


「オッケー、行くか」


「うん!」


 そこからはお互い緊張も完全に解け、道中話をしながらルルフィの家を目指す。


 まずルルフィの家がある村、というか集落は俺が普段森へ向かう時に使ってる道を更に進んだ先にあるらしい。そりゃ会ったことがないはずだ。


 次になぜルルフィが森に入っていたのかについてだが、どうやら彼女は生まれつき身体が弱い母親の為に日頃から率先して家事を担っているらしく、今日も母親のために何か食べやすい物を取ってこようと森へ入ったそうだ。


 こっちの質問が一通り終わると、今度は俺が質問を受ける番になった。


「ねぇ、アルはどうしてそんなに強いの?」


「強い? 俺が?」


 強いなんて言葉、二度も生まれてこの方一度たりとも言われたことはなかった。

 

「うん! あんな大きな魔物、一瞬で倒しちゃうんだもん! カッコよかったよ!」


「そ、そうか? ありがとう」


 子どもの無垢な誉め言葉は心に染みる……染みる。

 

「まるでお話に出てくる様みたいだった!」


 英雄、か。


 ちょっとでもそんな風に見えたのならよかったと、心のどこかでそう思う自分がいた。


「ねぇ、どうすればそんなに強くなれるの?」


「うーん、難しい質問だなぁ」


 本当に難しい質問だ。「神様から貰った力です」なんて正直に言える訳がないし、ルルフィが目を輝かせて待っている以上答えない訳にもいかない。

 

「え~っとそうだな。いっつも山に籠って魔術の訓練してるから、かな」


「そうなんだ……。ねぇ、今度から私も一緒に訓練していい?」


「いいけど、また森の中に入ることになるぞ。大丈夫か?」


「大丈夫、頑張る!」


 頑張って何とかなるものなのか?

 

「まぁ、ルルフィがそうしたいなら」


「やった!」


 特にしてあげられることはないと思うが、本人は満足そうにしているのでまぁいいだろう。

 

「あっ、見えてきたよ! 私の家!」

 

 ルルフィが指差す先には、俺の家に負けず劣らずの年季が入った家が建っていた。


「お母さん、ただいま!」


 後ろ手でこっちに向かって手招きをしつつ、ルルフィは元気よく家を扉を開ける。


「お邪魔します」


 中は外見から想像していたよりもずっと綺麗だった。


 物に恵まれているという訳ではないが丁寧に掃除されているし、整理整頓もしっかりなされている。


 これもルルフィがやっているのかと感心しながら奥の部屋へ通されると、寝間着姿の女性がベッドの上で体を起こしていた。


「おかえり、ルル。そっちの男の子は?」


「この子はアル。魔物に襲われてた所を助けてもらったの」


「魔物に襲われた……って、大丈夫だったの!?」


 ルルフィによる唐突なカミングアウトにベッドから降りようとするルルフィの母親だが、彼女の身体がそれを許そうとしない。すぐに咳が止まらなくなり、ルルフィが背中を摩る。


「大丈夫、お母さん。私は平気だよ。どこも怪我してないよ」


「ゲホッ……良かった。あなたまで帰ってこなかったことを考えると、お母さん心配で……」


 咳が収まると、ルルフィの母親は俺の方を振り向いて頭を下げる。


「君が娘を助けてくれたのね。本当にありがとう」


「いえ、娘さんが無事で良かったです」


 本当に、お互い無事で良かったとつくづく思う。


「あの、この辺に魔物の討伐とかしてる人っていますか? もしかしたら、他にも魔物がいるかもしれないので」


 また命懸けの戦いをするのは御免だし、早急に調査をお願いしたいところだ。


「その事については私たちの方から知らせておくわ。ルル、行ってきてもらえる?」


「はーい!」


 ルルフィはまたしても勢いよく家を飛び出していった。


「では、俺もこの辺で失礼します」


 病人の居る前で長居する訳にもいかない。詳しい話はルルフィの方からしてもらおう。

 

「アル君、娘を守ってくれて本当にありがとう。あの子は見ての通りお転婆だけど、良かったら、仲良くしてあげてね」


 開きっぱなしの扉を見つめる彼女の瞳は、儚くも美しく輝いていた。


「はい、分かりました!」


 そう言い残して、俺はルルフィの家を後にした。


 なお家に戻ってアウレラに今日の出来事を簡潔に伝えたところ、ルルフィの母親と全く同じ反応をされ、そこから説明に小一時間程費やしたのだった。


   * * *

 

 ――森の中にて。


「そっちはどうだ? 何か見つけたか?」


「今探してるよ……って、なんだこの跡!?」


「どうした? 何か見つけたか?」


「あぁ! ここにでっかい焼け跡があるぞ!」


「焼け跡? 誰かが焚火でもしてたのか?」


「いや、そういう次元の話じゃねぇ! しかも見ろよこれ! これって炎叫の狼クラ―デント・ルーの体毛じゃねぇか!?」


「バカ言うな。炎叫の狼クラ―デント・ルーつったらノルアム大陸の魔物だろ。こんな所にいる訳ねぇよ」


「いや、前に一度見たことがあるが、全く同じのだ! 間違いねぇよ!」


「……だとしたら、かなりマズいな」


「どうする? まだ報告にあった死体を見つけられてないが……」


「雑魚の死体探しなんかしてる場合じゃねぇよ。俺は周囲を探ってくる。お前は応援を呼んで来い!」


「あ、あぁ。分かった!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る