ある日、森の中

 生き返り(生まれ変わり)をしてから五年が経った。


 幸い特に大きな病気や怪我をすることなく俺の身体はすくすくと健康に育ち、赤ん坊から立派なお子ちゃんへと成長を遂げた。まだ以前に比べて不都合は多いが、人前で赤ん坊のフリをする必要が無くなっただけでも非常に喜ばしい。


 それに、嬉しいことは他にもある。


 まずは二足歩行を習得したこと。


 これによって家の中以外にも家の周辺に近くの草原や森など、探索出来るエリアが大幅に広がった。今まで見たくても見れなかったものを自分の足で自由に見れるようになったのは本当に嬉しかった。そのせいで一日中外を歩き回って、アウレラに手痛く説教されもしたが。


 次に身体が知識を求める年齢にまで到達したこと。


 ここはどこか、今食べているものは何か、ハイリスやアウレラは普段何をしているのかなど、今まで疑問に思ったことは数知れない。しかし今までは赤ん坊という手前聞こうにも聞けず、ずっと悶々としていた。


 だが、今の俺はいわゆる「なぜなに期」。外の世界に興味を示すことは至極当然のことであり、それを両親も分かっているのか、二人とも俺が質問をした時は丁寧に答えてくれた。そのおかげでこの世界のことや自分の立ち位置、身の回りについて大方理解することが出来た。


 まず、ここは日本でも他の国でも、俺が知っている地球でもない。俺は今、ソルセリエ大陸にあるプレスティア王国の領内にいる。


 ソルセリエ、プレスティア。どちらも聞いたことがない地名だ。世界地図を頭の中で浮かべても、歴史の教科書を思い返しても、そんな名前の大陸や国に関する記述はどこにもない。


 加えて「魔術」という現実離れした概念が実在する世界で五年も過ごしたという現実がある以上、もう疑う余地がない。

 

 ――ここは、異世界だ。


 俺はエルヴィラによって赤ん坊にされ、未知の世界へと送られたのだ。生き返らせてもらったことを考えるとそれでも十分お釣りがくる好条件だが、もう二度と元の生活に戻れないと知った時は流石にショックで寝込んだ。


 正直今でも「朝村比銘人」としての人生に未練がないとは言えない。だが、今は「アルカディ」としての人生に対する期待が芽生えていることもまた事実。


 どうせ俺の意思ではどうすることも出来ないのなら、この世界で「アルカディ」として頑張って生きていこう。


 これが、この五年間で固めた俺の決意だ。


   * * *

 

 時刻は昼下がり。


 この時間の我が家には基本的に俺とアウレラしかいない。ハイリスは荷馬車の護衛と害獣の駆除、それに魔物の討伐を主に生業としているため、基本的に家にはいない。


 害獣はその名の通り人間の生活に害を与える動物のこと。一方で、この世界特有の生物が「魔物」だ。


 この世界では生物の体内や大気中、物質内に「魔力」が存在し、この魔力を消費することで魔術を使うことが出来る。


 そんな便利な魔力だが、体内の魔力が何かの弾みで異常をきたすことがある。詳しい原因は解明されていないらしいが、その異常によって魔力が暴走した結果、凶暴化した生物である「魔物」が生まれる。


 今のところ魔物になるのは人間以外の動植物だけらしいが、何とも怖い話だ。この世界の人達は体の中にそんな爆弾を抱えているのか。


 出現位置や時間帯も一部を除いて不確定な為、魔物の被害は後を絶たない。特に民間人への被害が多く、討伐や護衛の依頼が殺到するため、ハイリスのように魔物討伐で生計を立てる人も数多く存在する。


「アルー、ちょっと手伝ってくれないかしら?」


 知識の整理がてら読んでいた教本に葉っぱを挟み、声のする方へ向かう。そこでは、いつものようにアウレラが机で巻物を量産していた。


 アウレラが作っている巻物は魔術紙スクロールと言って、記入した魔術式へ事前に魔力を籠めることで、極小の魔力を通すだけで誰でも瞬時に魔術が使えるという代物だ。

 

「来たよお母さん。これに魔力を通せばいいの?」


 俺は机に積まれている魔術紙の内の一つを手に取る。


「えぇ、そうよ。いつも手伝わせてごめんなさいね」


「気にしなくていいよ。これも魔術の練習になるから」


 アウレラが申し訳なさそうにしていたのでフォローを入れる。

 これも最近になって気づいたことだが、どうやら我が家はあまり金銭的に裕福な家庭ではないらしい。


 家はボロいし、衣服の数も片手で数えれば事足りる。


 食事だけはハイリスがよく動物を狩ってきてくれるので特にこれといってひもじい思いをした覚えはないが、何かと不便を感じる場面は多くあった。


 だからなのか、ハイリスだけでなくアウレラも魔術紙の作製でお金を稼いでおり、俺もこの時間はアウレラの手伝いをすることになっている。


 といってもやることは非常に簡単で、魔力の込められていない魔術紙に魔力を充填するだけの作業なので手早く終わらせる。


 魔術のまの字も知らない俺にとって体内の魔力を操作するというは奇妙な感覚だったが、何度も繰り返している内に何とかコツを掴むことが出来た。


 魔力操作は魔術習得における登竜門のようなもので、これをクリア出来ずに魔術師の道を諦める者は少なくない。特に身体能力に自信があるタイプの人達の中では基本的に魔術は使わず、回復系魔術は全て魔術紙に任せるというのが鉄板だそうだ。


「――はい。終わったよ」


 一通り魔力を充填し終わったので、チェックを入れてもらう。充填に漏れは無いか、きちんと魔術が機能するかなどを入念に確認する。


「うん、完璧! いつもありがとうね、アル」


「いいよこのくらい。それじゃ、行ってきます」


「またいつものところ? あんまり遅くならないようにね」


「はーい」


 手伝いを終えた俺は家を出て近くの森へ向かい、中へと入る。木々を潜り、入り組んだ根を踏み越えると子どもの背丈より二回り大きな岩が見えてくる。表面には所々傷がついており、中心は大きく窪んでいた。


 ここは秘密の訓練場兼研究所。数か月前から、俺は時間があればここへやってきて銘創魔術の研究を行っている。


 家の本棚に置いてあった本によると、魔術は「火」、「水」、「風」、「土」、「雷」の五つで構成されているらしい。基本的にはこれら七つの属性を組み合わせて魔術を使う訳だが、この魔術はおそらくどの属性にも属していない。


 火だろうと水だろうと、記憶にさえ残っていれば自在に出すことが出来る。逆に「名前は知っているけど見たことがないもの」は出すことが出来なかった。出せるのはあくまで「見たことがあるもの」だけのようだ。


 また消費する魔力量が少なければ出してもすぐに魔力となって霧散し、多くすれば残り続けることがこれまでの研究によって判明している。


「今日は別の技を試してみるか」


 今はラファールの技を使いこなせるように片っ端から練習しているが、これがまた楽しい。


 人生において一度は通るであろうごっこ遊び。当時小学生低学年だった俺は口で効果音を出しながら動き回るだけで満足していたが、今の俺なら本当に真似が出来るのだ。これが楽しくない訳がない。こんなことなら、サトルに進められたゲームを少しくらい遊んでおけばよかったと後悔しているくらいだ。


 前世の俺はスポーツにうつつを抜かしてばかりで、こういった知識のバリエーションが乏しい。というか、ほとんど無いに等しい。


 ゲーム自体精々マサルの家でしかやったことがないので、当然魔法や銃火器も単語以上のことを知らない。


 こればっかりは今更どうにか出来るものでもないので仕方がないと割り切り、知っている範囲で銘創魔術に活かせないかを考える。


 一度深呼吸をして、右手に魔力を籠める。魔力は徐々に形をとり始め、一本の柄が手の中に納まる。


 続いて先端もその姿を現す。鋭く尖った穂先からは風が流れ出ており、一振りするだけで周囲の空気を押しのけて遠く離れた岩を真っ二つにした。


 これもラファールが使っていた武器を再現したものなのだが、実際にその威力を目の当たりにすると背筋が凍る。


「こんなの、易々と振り回せないな……」


 あまりにも火力が高すぎる。これが人間に直撃した暁には全身真っ二つになって、体内のありとあらゆる物が溢れ出してくるだろう。だから使うとしても、相手は選ばないといけない。

 

 グルル……グルルッ。


 そうそう、こんな感じで恐ろしい呻き声をあげる、人食いの化物みたいなのじゃないと。


 なんて、悠長なことを考える余裕は一瞬で消え去った。

 

 

 

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