魔術の発現

 目を瞑り、宛先のない祈りを浮かべながら、全身の力を掌に集結させる。


 その時、衝撃と謎の浮遊感を俺は感じていた。


『……?』

 

 命の危機を前にアドレナリンが大量分泌でもされたのかと思っていたら、一筋の風が前髪を掻き上げてきた。


 恐る恐る目を開けると、俺の手は淡い緑の光を放ち、中心からが出ていた。

 

 ――えっ?

 

 気を緩めた瞬間に手から出ていた風は止み、支えを失った俺の身体は床にぶつかった。


「アル! 大丈夫!?」


 アウレラがすぐに近寄ってきて、俺のことを抱え上げる。


 落下時の勢いはほとんど和らいでいたので、傷自体はたんこぶが出来るかどうかといったレベルだろう。


 だが、俺は今別の大きな衝撃を受けていた。


『何だ、今の……』

  

「良かった、どこもケガしてない。けど……」

 

 アウレラは驚嘆した様子で俺のことを見てくる。なんなら俺自身も驚いている。


 確かに風でも何でもいいから出てくれと願いはしたが、本当に出るはずがない。


 訳が分からず混乱していると目の前を一粒の光が昇っていき、アウレラの目線の高さで消滅した。


 今思えば落ちそうになった時、風と同時にあの光も一緒に出ていたような気が……。

 

「……アル」


 頭上から声が下りてくる。振り向くと、アウレラの表情が先ほどと違っている。


 驚いているような、喜んでいるような。何だその表情?

 

「あなた、魔術を使ったの?」


 魔術。その単語、前に聞いたことがある。


『――銘創

 

 エルヴィラが言っていた、記憶からものを生み出すという魔術。


 ここ半年身の回りの変化についていくのに必死で、その辺のことはすっかり頭から抜けてしまっていた。


 もしかして今のがそうなのか?


 何一つ実感が湧かない。そもそも魔術って何なんだ? ゲームでしか見たことないぞ。


「この年で風魔術が使えるなんて……、将来有望ね!」


 風魔術だとか将来有望だとか、知らない間にアウレラがどんどん話を進めていく。


「ただいまー……って、そんなところで何をしてるんだ?」


 扉が開く音と共に、仕事で家を出ていたハイリスが顔を覗かせる。


「あなた聞いて! アルが魔術を使ったの!」


「……魔術を? アルが?」

 

 ハイリスは明らかに不可解そうな目をこちらに向けながら、立て付けの悪い扉を器用に閉めた。


「何かの見間違いじゃないか? 生まれて一年も経ってないのに魔術なんて、いくら何でも無理だろう」


「けど、さっきは確かに使ってたのよ。ねぇアル?」


 止めてくれ、そんな期待の眼差しを向けないでくれ。偶々出ただけかもしれないのに即刻才能ありは判断が早すぎるよママ。


 というか、さっきのは本当に俺がやったのか?


 もし俺が魔術を使ったのだとして、発動方法が分からないままではいつ暴発するか分かったものじゃない。


『どうやって出したんだ?』


 「出ろ」と考えるだけで出るのであれば、それは最早奇跡の類だろう。現に今、心の中で風が出るように祈ってみているが、先ほどのような風は一吹きもしない。


 なら、どうやって?


 ――魔力を使い、記憶の中に刻まれたものを生み出す。


 唯一の手掛かりとなるエルヴィラの言葉を思い出す。

 

『「記憶の中に刻まれたもの」っていうのは、俺が知ってるものってことか?』


 あの時俺が銘創魔術を使っていたのなら、あの風は俺の記憶の中に存在していることになる。


『空中から下に向けて打ちつける風……』


 それなら、見たことがある。


 サトルの家でよくやっていたアクション対戦ゲーム。


 それに出てくるキャラクターの中で、俺のお気に入りだった「ラファール」の必殺技「突風ブラスク」だ。ダメージはないけど、地面にぶつけることで敵を場外に吹き飛ばすことが出来る技だ。


 これを連発してサトルのキャラをモニター画面端に追い込むのが、俺の中でブームだった。

 

『……試してみるか』


 アウレラの手中から抜け出し、俺は手を掲げる。

 

『本当に俺が知ってるものが出せるなら、だって出せるはず……』


 俺があのゲームでラファールを愛用していた理由は二つ。


 一つは突風ブラスクでサトルを場外に弾き出せたこと。


 そしてもう一つ。それは、この技でサトルを弾き出せたこと。


『「風球リーセ」』


 心の中でそう唱えると、俺の手から一つの球体が現れた。


 中では風が激しく吹いており、それは確かに俺が愛用した「風球リーセ」という技そのものだった。


 触れた敵を吹き飛ばしつつダメージも与えることが出来た、とても使い勝手のいい技だった。これと「突風ブラスク」の接触拒否コンボで俺はサトルから連続で白星を勝ち取ったほどだ。なお、その後リアルでの場外乱闘に発展したことは言うまでもない。 

 

『…………あれ?』


 開いた窓の外に向けて発射しようにも、威力が強すぎて狙いが定まらない。

 

『まずい、これだと壁にぶつかる!」


 どうにかして窓の外に出そうと苦悩していると、無性に鼻先がむずむずしてきた。


 手で違和感を払拭しようにも、肝心の両手は自らの手で生み出した爆弾の処理に追われている。

 

「は…………は………………」


 だめだ、我慢できない。


「っくしゅん!」


 バキバキン!!!


 その瞬間、部屋中に俺のくしゃみと家の悲鳴が響き渡った。


 呆気にとられる二人。


『やばい、怒られる』


 意味不明の行動をした挙句家に大きな風穴を開けたとなったら、赤ん坊の仕業だとしても百パーセント雷が落ちる。


 こうなったら、最悪泣き真似でもして誤魔化すしか……。


「本当だった……」


「きっとこの子には魔術の才能があるのよ! すごいわあなた!」


「あぁそうだな! きっと将来は名のある魔術師になるぞ!」


 喉にエネルギーを溜めて身構える俺を他所に二人で喜びあっている。

 

『……とりあえず、当分魔術を使うのはやめよう』

 

 壁に開いた大穴を見つめて、俺はそう決意した。

 


 

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