4.先に予定があるかないか聞くのはやめようね!

 いやまあ、仕様上(そもそもどんな仕様になってるのかは知らないけど)隠しておきたいようなあれやこれやも見えるようにはなってるのかもしれないけどさ。


 それにしたって「カッコいい。しゅき……」はないでしょ。どうなってるのよ神様、もうちょっとこう、格式のある表現に出来なかったの。なに、「しゅき……」って。完全に恋する乙女の発する言葉じゃない。


 しかも悪いことに、その恋心を裏付けるような証拠がある。


 小松川こまつがわさん曰く、なんでも高原たかはらさんは当初、他の高校に進学するつもりだったらしい。


 けれど、小松川さんが、自分と同じ学校に行かないかと誘い、説得し、最終的には高原さんがよく分かっていなかった推薦入試の受け方も全て調べ上げて、準備までしてあげたんだって。


 この情報だけなら、「良い友人だね」とか「そんなに仲が良いんだね」って言って、軽く済ませる話なんだけど、そのすべてに「カッコいい。しゅき……」っていう感情がこもってるって分かっちゃうと、「そ、そうなんだ。優しいね」くらいの返事しか出来ませんよ。ええ。


 完全に「自分が高原さんのバスケ姿を見たいから同じ高校に引っ張って来た」ってことじゃない。ガチ恋じゃない。どうするのこれ。後三年間の間に爆発するでしょこの爆弾。


 嫌だなぁ……その時の相談を持ちかけられるのって多分私なんだよね。黒沢さんは間違いなくそういう相談を持ちかけるのに向いていない雰囲気がある(偏見)から、多分私。変にあか抜けない見た目を何とかするためにあれやこれやと画策しなければよかったんだろうか。


 そんなわけで、見えてはいけない感情を含んだ矢印が見える私は日々こうやって悶々としているわけだけど、彼女たち──ここでは黒沢くろさわさん──は、そんなことお構いなしに、


「宿題、だったら、私の、写す?」


「え、いいの?」


「こーら、黒沢さん。駄目よ、ヒナを甘やかしたら」


 高原に助け舟を出そうとし、小松川さんはそれを諫める。この短い会話だけだと、些細な友人同士のやり取りに見えるでしょ?私にも見えるんだよ。っていうか半年前ならそんな捉え方してたと思うんだ。


 でもね、実際はここにこんな矢印があるんだよね。


 小松川

 ↓

 ヒナを取られそう……

 ↓

 黒沢


 黒沢

 ↓

 優しくて綺麗。憧れる。

 ↓

 小松川


 つくづく分かった。


 人間関係って、地雷だらけだ。


 なんだよこの矢印。小松川さんは明らかに黒沢さんのことを「自分と高原さんの間に入る邪魔者」みたいなテンションで見てるのに、当の黒沢さんはどっちかっていうと小松川さんに尊敬のまなざしを向けてるんだよ。


 こんなすれ違いある?あ、日常茶飯事か。そうじゃなかったら友達だと思ってた男子に告白なんかされないもんね。


 と、まあそんなわけで、神様が授けてくれた(と思わしき)この能力のおかげもあって、私はこの仲良しグループ四人組の関係性が如何に絶妙なバランスの上に成り立っているかが分かるんだけど、厄介なことに、その地雷原における自分の立ち位置がさっぱり分からない。


 何度誰かと自分の間に存在する空間を凝視しても、他の人たちの間に存在している(いや、本来は存在してないんだけど)矢印は浮き出てきてくれない。


 だから、今私がこのグループ内で、もっと言うと、三人からどういう感情を向けられているかがさっぱり分からないんだよね。


 え?日々の言動から推察するって?あはは、そんなことが出来てたら、男子とは何となくぎこちなく、女子からは疎まれるみたいな人間関係構築してるわけないじゃない。はぁ……


「どしたの、ノドちゃん。元気なさそうだけど」


「え?そう?そんなことないけど」


 ううん、また心配をかけてしまった。私の顔はそんなに暗いんだろうか。


 そりゃ、色々問題はあると思うけど、これでも中学時代に比べたらかなり、人間関係的にはマシな状態になってると思うんだよ。


 確かに、今にも破裂しそうな風船を見てるようなおっかなびっくりな気持ちでは見てるけど、それだって、それぞれの、相手に対する思いが見えてる私だったら対処出来ると思うし。


 出来る……よね?うん。出来る。出来ると思うことにしよう。人間出来ないって思ったらなんだって出来なくなる。気持ちが大事。頑張れ私。


「そうだ。ねえ、相野あいのさん。今度の日曜日、空いてる?」


「え、な、なんで?」


「なんでって言われても……空いてない?」


 ホント思うんだけど、どうして君たちは「空いてるか空いてないか」の情報を確保してから、用事を振るの?


 君たちには「内容によっては断る」みたいな感情は……ないか。ないよね。少なくとも今私に聞いてくれた小松川さんにそんなクソみたいな付き合いの悪い感情は無いと思うよ。内容如何で発生する用事を抱えててすみません……


 と、私が心の中で小松川さんに対して謝りを入れていると、高原さんが、


「あ、あれでしょ。親睦を深める、的な」


 指摘された内容が図星だったからなのか、それとも語り掛ける高原さんがあまりにも爽やかスマイルでカッコよかったからなのかは分からないけど、小松川さんはやや頬を赤らめて、伏し目がちに、


「親睦……ってほどじゃないけど。一緒にお出かけでも、どうかなって?」


 そう提案してきた。

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