第11話

ぼんやりとすることが多くなった。

 今までイレギュラー退治をしてきたが、どれもいまひとつ危機感が無く、奇妙な事件に巻き込まれているというよりは、ちょっとした不思議体験をしているくらいにしか思えてなかった現実だ。

 さぁ一週間後に本番、戦争ですといわれても実感なんて湧くはずもない。

 だが、それは実際に召喚なりなんなりしている紗友里にとっては全くちがう問題であるらしく、彼女はずっとふさぎこみがちである。

 しかも先日のイレギュラー側の世界から来た少年。恐らくは俺も紗友里も知らないことがまだたくさんあるに違いない。国が僕たちに隠していることが。

 最初っから感じていることだが、高科法術にしても天魔にしてもイレギュラーにしても、何をどう説明されてもしっくりと納得がいかないのだ。多くの謎と矛盾があり、突き詰めたところを聞こうとすると、あやふやに誤魔化す。まるで出来損ないのファンタジー映画みたいだ。

 引っかかっている。

 何もかも。

 大体、俺がどうして巻き込まれる必要があったのだろう。

俺である必要は何処に?

 退屈な人生を嘆いたから?

 そんなわけは無い。凡小な俺の現実逃避が反映されるなら、世界はとっくに狂ってしまうに違いない。

 仮に理由が、俺の特異体質だったとしよう。ならば、どうして俺は特異体質なのだ?そして俺はこのヘンテコすぎる現実を、渋々とはいえ受け入れているんだろうか。

 わからん。

 わからない以上はどうすることも出来ない。

 俺はまたこの不条理な現実に戻るしかない。

「いよいよ明後日ですね」

 帰宅準備を進めていた俺に、紗友里が声をかけてくる。明後日はそう、本番なのだ。ゲートが開き、それを高科法術士たちで迎え撃つ。言葉にすると笑えるほど簡単なんだがな。

「不安か?」

「ええ、少し」

「そうか」

 そうだよな、と思う。

「でも、迷いは無いです。わたしはわたしの仕事をするほかないですもの」

 それもそうだよな。考えてもわからないことを悩むより、自分のすべき仕事をきちんとする。素晴らしい。働く人の鑑だね。

「今日、最終的なミーティングが行われますので、いつもの場所に向います」

 紗友里はそう言って、微笑んだ。この笑みには、どれくらい嘘が混ざっているんだろうか。

 ともかく俺はしっかりと頷いた。

 戦争。

 本当に起きるんだろうか。

 ここまで来ても、俺はそんな風に思っていた。戦争ってのは、人がたくさん死ぬものだ。じゃあ、その前線に同行する俺もかなり死ぬ確率が高いのではないだろうか。普通に考えたら、そうだ。危険すぎる。俺は特殊訓練も受けていなければ、軍人でもない。ちなみに、人生いつ終えてもいいと思っているようなペシミストの自殺志願者でもない。

 ならどうして、俺はこんなにも落ち着いているのだ?もっとパニックになったり、親に全部話してみたり、いろいろ、騒ぎようもあるはずなのに。

 それとも、俺はこんなにも肝の据わったイカレボーイだったのか?

 だが、落ち着いているのは、事実である。単に実感が湧いていないだけかもしれないが、それにしても、ちょっと可笑しい。

 一応、家族には話した方がよいか?

 でもなんて話す?異次元から侵略者が来て、それを倒すために戦地に出向きます。万が一のこともあるので、悪しからず。ってな具合か?

 待て待て。絶対信じてくれない。いくら若干頭のネジがおかしくついている俺の両親でもそれは信じないだろう。

 あっさり信じたら、それはそれで頭がイカレている。

 やっぱり、黙っておこう。

 





 そういえば、あと少しで夏休みだって、この前クラスの連中と話していた。やっとクラスになじんできたやつ、早くも彼女を作ったやつ、もともと恋人の居るやつ、男友達だけは異常にたくさん作ったやつ、そして美少女と知り合いつつも一向にそっち方面に進展せず、ヘンテコな影と戦い、挙句の果てには多次元戦争に巻き込まれているやつ……って最後のは俺か。

 ともかく、だ。

 戦争が始まる、その日になった。

 俺たち補助部隊は特殊な迷彩服を、紗友里たち法術士たちは法衣のような服の上に簡易的な鎧(っぽく見えるが実際どうかは不明)を纏っている。ヘルメットはしていないが、それはいかがなものか。

 それでも、何処からどう見ても魔法戦争が始まるぞい、的な格好の連中がある地点から扇状に取り囲んでいるこの風景は、なんとも奇妙で変な緊迫感がある。その後ろに控えている装甲車や戦車、自衛隊や機動隊を見るとやっとこれが現実に起こっていることなのだと認識する。

 俺はいつもと同じく紗友里の横で来る戦闘に備えている。今日はブリッツェンも防護服を纏っている。戦闘準備はバッチリだ。

 ゲートの開放予測時間まであと五分。

 辺りにはぴりぴりとした空気が張り詰めている。

「大丈夫です。狭山君はわたしが守りますから」

 隣の紗友里はニッコリと笑って今日はすでに具現化されているステッキを握り締める。もう迷ってはいられない。間も無く開戦、本番なのだから。

「よし、ゲートが開くまで残り一分を切った。各々、召喚開始」

 壱士と思われる法術士、部隊長がそう告げる。

 紗友里を含める全員の法術士が、天魔光臨を唱える。

 すると、皆足元の円から金、銀、銅の獣が出現。色が違うだけで、みんな紗友里のシルバーファングと似たり寄ったりの姿形だ。紗友里も今日は失敗せずに双尾をもつ銀の狐を呼び出す。言うまでも無く、俺の体力激減。他の皆は、エネルギータンクを活用しているようだ。ま、俺は一人分しかエネルギー提供できないからな。

 みんな真顔。

 超真剣。

 緊張感が無いのは、俺だけか。

 俺は結局現実感のないまま、ゲート開放のカウントが始まった。

「5、4、3、2、1、ゲート、開きます」

 その声と共に、前方の景色が歪み始める。

 そして、大きな円が現れた。

「全員、標準を合わせろ!」

 歪みの向こうから、何かが出てくる予感がした。

 黒く細い、影のような……、

「!」

 次の瞬間、俺の目に映ったのは、無数の黒いとげに射抜かれる前線の壱士の姿だった。

「撃て! ひるむな!」

 何処からとも無く、支持の声が聞こえる。

 ゲートから伸びた巨大で鋭いとげは、数人の壱士を串刺しにしたまま、周囲をなぎ払った。まだ無事だった法術士、天魔、装甲車、その殆どを一蹴し、人間と車と天魔が、紙切れみたいにあちこちに飛ばされていく。何なのだ、この光景は。

「いかん、一旦距離を置け。残った法術士は、迅速に体勢を立て直し迎撃せよ」

 後ろの方から総司令の声が響く。

「こんなことって……」

 紗友里が前方の惨劇を見て呆然と呟く。

「紗友里、とにかく下がろう。ここも危険だ」

 俺はそう言って、紗友里を引っ張った。

 そうこうしているうちに、黒いとげの本体が円からこちら側に完全に姿を現していた。その形は、人型といえばそうかもしれないが、両の腕からは枝上に何十という黒い棘が槍のように伸び、扇状に囲んでいる俺たちを片っ端から駆逐していく。

 化け物だ。

 これが、イレギュラーなのか。人型の不特定単数、あの擬似演習のときには少し間抜けにさえ見えた黒い陰の本物(・・)なのか。

 まるで違う。

 攻撃性、攻撃力、精度、威圧感、どれをとっても、全くの別物だ。

「ハイパーシュート!」

 辺りからは、天魔を弾丸にして打ち込む声が聞こえる。金の弾丸、銀の弾丸、銅の弾丸。どれも命中しているが、当たったところに小さく穴が開くだけで、イレギュラーの動きは止まらない。

 俺は初めて、この巨大な異次元の化け物に恐怖を感じた。戦争だ。殺し合いだ。しかし、少し違う。こちらの戦力は、向こうにあまり通用していないように見える。

 侵略だ。確かに、あの少年の言ったとおり、これは侵略だ。そう思った。

「そんな、みんな……」

 抵抗しつつも次々と飛ばれていく同胞たち。紗友里は震えていた。

「弾丸に変身して!」

 それでも、シルバーファングを弾丸に変えてシビリアンに込める。

「シルバービュレット、シュート!」

 弾は命中。だが、イレギュラーは活動をやめない。

「狭山君。ここは取り合えず、逃げてください。あなたは一般市民です。これ以上は本当に危険ですので、今のうちに……」

 言いかけた途端、黒い扇状の物体が地面を削りつつ、俺と紗友里のいる一帯を根こそぎなぎ払った。地面ごと吹っ飛ばされたのだ。

 俺は生まれて初めて、宙を舞った。

 なんて考えたのは一瞬で、すぐにそれは激痛となって体中にかえってきた。空を飛べない限り、宙を舞えば次は落ちるのみなのだ。

 瓦礫やら何やらと一緒にコンクリの大地に打ち付けられた俺は、しばらくそのまま動けなかった。それほど高い位置から落ちたわけではないのに、なんちゅう痛みだ。

 紗友里はどこだ?瓦礫の下敷きになっていなければいいが―。

「紗友里?」

 そこに倒れていたのは、間違いようもなく紗友里だった。しかし、何かがおかしい。うつぶせに倒れている彼女は呼びかけてもぴくりとも動かず、よくよく見ると彼女の右腕は……無かった。あるべきものが、無い。体の下に隠れているわけでもない。ただ、本来右腕のついているべき場所からは大量の赤い液体が流れ、いびつに変形した地面を染めている。

 死んでいる?

 わからない。

 それを確かめなくては。

 俺は痛みにきしむ体を奮い立たせ、彼女に駆け寄る。

「紗友里、生きているか!」

 大声で呼びかけると、体がわずかに反応した。

「紗友里!」

 俺は彼女の体を抱き起こして呼びかける。暖かい。脈はどうだろう。首元に手を当てる。少しの反応。なんとか生きているようだ。俺はほんの一瞬だけ安堵し、そして次を考え始める。生きているが、それはきっと、まだ心臓が動いているだけのようだ。頭を打っているかもしれないし、内臓が破裂しているかもしれない。しかし、それよりなにより、この肩からの出血。これをなんとかしなければ、確実に失血死だ。止血だ、止血。だが、こんな傷、どうやって処置するのだ?肩から先そのものが吹き飛んでしまっている怪我の止血を、どうやって行えばよいかわからない。わかるはずも無い。

 俺はとりあえず着ているシャツを破いて傷口に当てて縛ろうとした。あまり傷口をみないようにする。特別に血に弱いとは思っていないが、こんなスプラッタ映像相手では、吐き気をもよおすこと請け合いだ。

 当ててみたものの、どう縛るかもわからない。とにかく傷を覆って少しでも出血を食い止めないといけない。そうこうしているうちにも、包帯代わりの俺のシャツは見る見る赤く染まっていく。

 やばい。

 マジでやばいよ。

 数十秒前は生きていたが、こんなことしているうちに死んでしまったかもしれない。

 早く何とかしなきゃ。

 やばい。

 俺は必死だった。いつの間にか涙が出ていた。鼻水も。でも俺は力いっぱいもう真っ赤になったシャツの切れ端を縛っていた。

 爆音が聞こえる。

 またあの黒い影になぎ払われた人間が、十数メートル前に転げ落ちる。腕がおかしな方向に曲がっていて、落ちてからまったく動かない。

 ほんとにやばい。

 ふと俺の背中が、何かを感じる。

 首だけで振り返ると、先ほどまで向こうにいたイレギュラーが、目の鼻の先に迫っていた。デカい。こんなに大きなものだったのか。相変わらず黒のべた塗りで、顔も無ければ表情も無い、黒い塊。射貫かれたであろう穴が無数に開いているだけで、それがたいしたダメージのようには見えない。

「化けもの……」

 俺はつぶやいていた。

 化けものだ。

 戦争?

 違う。

 これほど戦力が違いすぎるのは、戦争とは言わない。

 虐殺だ。

 うそみたいだ。

 ここは映画や小説の世界じゃない。

 現実なんだぞ。

 それなのに。

 こんなことって……。

 この異次元の怪物には、普通の兵器は利かない。唯一対抗できる高科法術でさえ、このざまだ。これって、マジでやばい。きっと、今目の前にいる機関の兵士たちは、その道のエキスパートで、ということは、対イレギュラーに関しては、彼らをおいて他にどうこうできるものたちはいないわけで……その彼らの力が通用しないということは、つまり、人類の滅亡を意味しているのではないか。

 終わる。この世界が。

 ここ数ヶ月、俺は非現実を目の当たりにした。ありえないことを見てきた。でも、それはどれも通常生活を送る上で、それほど影響のあるものではなかった。ある意味、平和的な非現実だった。俺はその中心に関わりながらも、自分に深刻な被害がでない分他人事のように思っていた。しかし、今のこれは違う。終わるのだ。紗友里はもう死んでいるかもしれない。他の術士たちも、何人も死んでいる。

 目の前の黒い影は、明らかに俺に狙いを定めていて、きっと数分以内に俺も殺される。俺が死んで、ここにいる人間のほとんどが死んで、この町の人が全部死んで、この国の人が全部死ぬ。世界規模になっても、多分対抗策など無い。戦車の弾が利くとは思えない。すると、核攻撃か。イレギュラーに侵略され、皆殺しにされるなら、一かばちか核兵器を使ってみるか。どちらにしても、世界は終わりそうだ。

 人類は滅びる。滅びなくても、元の世界には戻れない。こんな漫画から飛び出したような落書きみたいなやつらに、滅ぼされる。

 馬鹿みたいだ。

 あたりをなぎ払うため伸びていた黒い影の腕が、縮んでもとの長さに戻る。黒いまん丸の頭が、足元にいる俺を見下ろす。どこに目がついているんだろう。そもそも、目なんてあるのか。

(こっち見ているよ。死ぬな、こりゃ)

 俺は思った。

 なんか、悔しかった。

 めまいがした。

 視界が揺らいで、意識が遠のく。いや、ドロップアウトっていうのかな。ふわふわと浮いた感じ。

 最後の最後は気絶ってか。情けない。

『選手交代』

 耳の奥で、声がした。

「は?」

『だから、交代だ』

 知っている声。いつも聞いている、これは……俺の声?

『はい、タッチ』

 そう聞こえた次の瞬間、俺は俺じゃなくなっているような気分になった。

 ガキンッ!

 音に反応して、俺はそっちを見る。視界がはっきりしないが、見るとイレギュラーの黒い腕がまっすぐに俺のほうへ伸びていた。もちろん、槍のように先端を尖らせて。なのに、その腕は俺には届いていない。透明な空気の膜のようなものに、拒まれているようだった。

『間一髪だな。やれやれ。ひやひやさせるぜ』

 俺はそう言っていた。言うつもりなどなかった。だが、確かに俺はそう言っていたのだ。いや、待てよ。違う。俺はいつもの俺じゃない。体が、動かせない。それに、喋れていない。視界もいつもと違う。なんだろう、この違和感は。たとえて言うなら、誰かの内側から見ているような、変な感覚。着ぐるみの中に入っている感じ。俺自身は、よく見えない。当然か、鏡でもない限り、腕や体しか本人は見ることができないからな。そうか、なんとなく、わかってきた。感覚は俺でありながら、その主導権を別の誰かにとられているのだ。

『レイチェル』

 俺で無い俺……ややこしいな。ヤツ(・・)とでも呼ぶか。ヤツがそう叫ぶと、俺の周りが青白く光り、デフォルメしたアザラシみたいなやつが現れた。そいつはこともあろうか、やる気のなさそうなのんびりとした表情で、しかも二足歩行だった。

『レイチェル、そこの女の腕を再生してやれ』

「かしこまり」

 喋った。レイチェルと呼ばれたそのへんてこアザラシは答えて小さく頭を下げる。そして倒れている紗友里に近づいて、手(鰭みたいだが)をかざす。血に染まった俺のシャツで覆われている部分だ。すると、レイチェルの手が光り始め、やがてそれは激しいものとなった。

『任せたぞ』

 ヤツは言って、再びイレギュラーのほうを向く。当然、俺の視界もそっちを向いてしまう。

『さて、さっさと片付けるか。お前もたちもご苦労なこったな。こんな、次元の果てまで追ってくるとはな。これだけの距離だと、干渉(ゲー)扉(ト)を接続するのにも作るのにも、莫大な時間と資金がかかるだろうに。そんなに原石が欲しいか?』

 ヤツは楽しそうに話す。

 俺には何のことを言っているのか、さっぱりだ。

 イレギュラーは答える代わりに、もう片方の腕を勢いよくこちらに向かって突き立てる。が、はやり届かない。

『無駄だよ。不特定(ノーバ)単数(ディ)ごときの力じゃ、プロテクトは破れない。それに次元を渡るにあたって、相当制限されてしまっているじゃないか』

 ヤツは不適に笑った。俺の声で、俺とは違うヤツがしゃべり、それを自分が喋っているがごとく聞いているのは、なんとも不思議で不気味だ。

 イレギュラーは、透明な壁を何とかしようと、その二本の槍状の腕に力を込める。が、透明な壁はまったく変化はない。

『ほんと、くだらないよ。「クリスタル・ファング」』

 ヤツが言うと、俺の足元が円状光った。これはまるで、天魔を召喚するときと同じだ。円の内側がすべて輝き、やがてその光は形になって留まる。

 獣だった。長いふさふさの尾が五本。その顔つきは、狐と狼を足して二で割ったような精悍さだ。大きさは、大型犬の二倍くらいある。そして、なによりも不思議なのは、色と質感である。その獣は、透明だった。いや、正確には半透明とでも言うのだろうが、それにしてはあまりに美しい輝きをまとっていた。そう、ほんのうっすらと曇った水晶のようだ。全身長い毛で覆われているのに、その一本一本も水晶のような透明と輝きを放っている。不思議すぎる生き物(?)だ。

『トランス・セット』

 その掛け声とともに、半透明の輝く獣は俺の右腕に絡みついた。獣の体は一層光り輝き、その形を変える。できた形は、腕と一体化した巨大な銃のようなものだった。

『シュート』

 ヤツは言い、腕の先からミラーボールのような弾を発射した。

 巨体では避けようも無く、その大きな弾は、イレギュラーに命中する。今までの法術士たちの攻撃と同じだ。当たることは当たる。問題は、それがダメージになるかということだ。

 しかし、結果は先ほどまでとは違っていた。

黒い巨大な体に、穴は開かなかったのだ。弾は体に吸収されるように入り込み、イレギュラーの体が動かなくなる。ゆっくり三秒経って、黒い影から力が抜けていくのがわかる。

そして――。

影にはひびが入っていき、直後、それは粉々に砕け散った。それはもう、砂のようにばらばらに。

『ディスエンチャント』

 それを合図に右腕と獣の融合が解ける。

『ついでにゲートを閉めておいてくれ』

 凛々しい顔の獣は、頷くようにに目を閉じ、空間に開いた大きな扉に向かい、遠吠えをする。すると不思議なことに、さきほどイレギュラーの出てきたゲートがもとの景色の一部に戻っていった。

 すごい。

 なんてむちゃくちゃな映像処理だ。

『レイチェル、女はどうだ?』

「大丈夫でございます。腕は元どおり。幸い、出血も致死量には至っていません」

『そうか。ご苦労。帰っていいぞ』

「かしこまり」

 レイチェル(直立アザラシ)は頭を下げて、自身の足元に縁を書く。

「ではまた」

 言って、その円の中に吸い込まれていった。

 いやいや、今、なにやった?

 そんな内側からの俺の突っ込みは誰にも届かず、スルーされる。

『大分派手に壊れたな』

 ヤツは辺りを見渡して言った。

『ま、知ったことではないがな』

 そういったのを最後に、俺の意識は遠くなった。


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