第8話
「天魔降臨!」
威勢の良い声と共に今日も俺の体力はガッツリ削られる。
円が光り、出てきたのは二本の尾を持つ銀毛の美しい狼。狐のように見えなくもないが、正直なところ良くわからない。結局どちらでもないのだし。
しかし、この凛々しい獣が出てきたということは、少なくとも召喚は成功し、今回は格好良くシビリアンモデルのリボルバーではしゃぎ回る黒い影を打ち抜くのだろう。九番アイアンではなく……。
今日はどういうわけか、あの仔鹿モドキ、ブリッツェンもいて、いつかみたいにドレインや詠唱中の無防備な術者を守るためのエネルギーフィールド(盾みたいなもんだろう)を展開していた。
今月に入ってすでに三度目。なんか、最近出現率高くないか?
ま、何はともあれ体力の限界である。だが、慣れてきた所為かドレインをされても物の数分で動けるようになる。人間って順応性の高い生き物だなってつくづく思う。なんでも慣れって凄いものなのさ。
「コンプリート!正義の勝利です」
紗友里嬢は今日も元気にグッジョブの親指を天に突き上げる。今日は召喚にも成功したし、さぞかし気分がいいだろう。ブリッツェンも陽気にはしゃぐ。説明されたことがないが、この生き物はいったいなんなのだろうか。天魔の一種と言われれば、一番納得がいくが、よくわからん。どうなのかな?
「天魔をモデルに人工的に作られた亜生命体です。イレギュラーに対する攻撃は出来ませんが、多少の防御なら出来ます」
紗友里はサクッと答える。まぁ、驚かんさ。大体予想はついていた。
「そういえばさ、どうしてあのイレギュラーたちは、直接人を襲わないんだ?」
俺はなんとなく疑問に思ったことを聞いた。あの黒い影たちは、いつだって巨大で破壊行動を繰り返しているが、目的がよく解らない。人を襲うというようなそぶりは見せず、ただがむしゃらに建物を破壊しようとする。まぁ、だからこそ研究が必要なのかもしれないが。
「そういわれれば、そうですね。わたしもよくは解りませんが、きっと人を殺すのが目的ではないのでしょう」
紗友里は魔法のステッキを消しながらそう答えた。
「実際問題、わたしたちでさえもよく解っていないことだらけなのです。深いことは教えてもらえないですし、知ってはいけないことがあるのかもしれないですね。国がらみの仕事ですから」
屈託の無い笑顔でデンジャラスなことを言う。彼女の言うように、国が後ろについていることだ。降りて来ない情報の十個や二十個、あるだろう。
「それにしても、驚きです。最近狭山君、ドレインをしても数分で歩けるんですね。体が慣れてきたのでしょうか。人間の順応性って凄いですね」
俺もそう思うよ。慣れたくは無かったがね。
確かに最近、例の生命力吸収とも言える召喚ドレインをされても、前ほど苦しさを感じなくなった。体力も、著しく減りはするが、若干すぐに回復しているようにも思える。ほんと、慣れって怖い。いや、そもそも慣れるものなのか不思議だがね。
「さて、じゃ帰るか」
俺は腕時計をチラッと見てそう言った。そろそろ日が暮れそうなのでゴートゥーホームである。今日は国家機密情報の勉強会もないし。
「はい、そうですね。そろそろ帰らないといけないです。ここ、隣町ですし」
紗友里はにこりとして応える。
と、そこで些か聞きなれた着信音が鳴る。
俺ではない、紗友里のスマホ電話(GPS内蔵、ムービー、写真機能はもちろん、特殊通信システム、完全防水、耐衝撃、赤外線探知センサー搭載の高性能お電話)だ。
「はい。アンジェリカ」
あえてつけられている意味があるのかどうか不明すぎるコードネームでしっかり対応する紗友里。こうして改めて聞くとなるほど恥ずかしいコードネームだ。
「はい? 今からですか?ステファニーも一緒に?解りました。早急に向います」
紗友里は真面目な顔でそう言う。どうやら、集合命令らしい。それも、『すてふぁにー』とかいう結滞なコードネームのやつと一緒に。
「集合か? 大変だな」
電話を終えた彼女に俺が言うと、
「はい、狭山君も一緒に、とのことです」
は?なぜに俺も?
「重要な話があるようです。ある意味緊急事態だと言っていました」
ある意味、ね。緊急事態にある意味もくそもないだろう。
「そういうわけなので、すみませんが、一緒にお願いします」
彼女はペコリと頭を下げる。いやいや、行かなきゃいけないのなら仕方ないさ。それよりも、俺はほんのすこしばかり不安な要素を見出してしまったんだが……。
「行く前に、一つ聞いていいか?」
「はいなんでしょう?」
大きな目をぱちくりとさせて、小首をかしげる仕草が可愛い。普通の少女だったら、間違いなくアタックを仕掛けていることだろうな。
「俺にコードネームってついていたりする?」
紗友里はキョトンとした顔をして、その後もう一度笑顔になる。
「ええ、ありますよ。狭山君のコードネームはす……」
す……? くそ、ダメだダメだ!
「ああ、待て待て。言わなくていい。聞きたくない」
俺はとんでもなく嫌な予感がして、間一髪紗友里の言葉を遮った。
「え、そうですか?素敵な名前なのに」
「いや、いいんだ。聞きたくない」
聞きたくないさ、知りたくないさ、信じたくないさ。自分のコードネームが『ステファニー』だなんて。
「では行きましょうか、ステファニー」
ぐはっ、やっぱりか!
言うなって言ったのに……。
深刻な精神的ダメージを受けながら、俺は駅の改札を抜けた。
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