第7話

「……で、わたしの使役するのが、上から二番目の銀級(シルバークラス)の天魔でして、その中でも一番強い力を持つのがシルバーファングなのです」

 前言撤回。

 国家の秘密機関は、俺に普通な高校生活なんて送らせてはくれないらしい。通常の六時間授業が終わり、高校の勉強と言うものも思ったとおりに面倒くさく、やはり勉学の類は俺には合いそうにないな、なんて思いながら帰り支度を済ませて教室を出ると、いつもは隣の席で見かける少女が待っていた。

 そして、俺は捕まったのだ。

 一緒に帰ろうとか何とか、男心にグッと来るような言葉をグッと来るような上目遣いで言われ、そのままなんとなく良い気分で共に下校したところ、校門を出て五分歩いたところで黒塗りの車が待っていた。

「さ、どうぞ。お送りしますわ」

 紗友里嬢がそう言って、自らも乗り込む。

 ほう、なるほど、国家機関の監視下にあるだけあって、こういうサービスも受けられるのか、と感心して(そして安心して)ブルジョアな気持ちになりつつ車に乗った。だが、世の中そんなに甘くない。僕は聞いておくべきだった。どこに「お送りしますわ」なのかを。

 俺が連れてこられたのは、総合病院の裏手にある中規模のビルだった。一階の正面玄関は営業しているようなしていないようなわからない不動産屋で、そこを完全無視して四階まで上ると、小さな事務所があった。なんなのだろうと考える暇もなく、紗友里が壁に手を触れた。すると、カードキーのリーダーのようなものがせり出てきた。

 はっ?とか思ってみていると、彼女はさらに制服のポケットからカードを取り出し、リーダーに通す。そこからは、ビックリというか、ある意味案の定と言うか。何の変哲もない壁だった場所は、四つのパーツ、四方向に分かれてスライドした。そう、秘密の入り口である。

 さすがは秘密機関……、じゃなくて、どこまでベタなんだ、この集団は。

 七割の呆れ、二割のあきらめ、一割程度のわくわく感を胸に秘め、紗友里に付いて行くと、その先には円い筒状のハイテクっぽいエレベーターがあった。それに乗って、更に移動。たどりついた先は、白い壁に覆われた研究施設だった。パッと見は病院のようにも見える。

「では、ここで検査を受けてもらいます。そのあとはお話しがあるので、一番奥の部屋に来てくださいね」

 紗友里は可愛い顔でそう言った。

 ま、俺は研究対象だしね。あんまり変な検査は困るけど、普通の精密程度のものなら別にかまわない。

 血液検査に始まって、レントゲン、CTスキャン、視力、聴力、エトセトラ……。

 一通り検査が終わり、奥の部屋に通される。そこには小さなテーブルと四つのイス、それを囲むように本棚があって、資料のようなファイルがたくさんあった。イスの一つに紗友里が座っていたことに、俺は少なからず安心する。彼女はコーヒーカップを片手に雑誌を読んでいた。

「あ、お帰りなさい。お疲れのところ悪いのですが、そこに座ってもらえますか?この前の説明の続きをしますので」

 と言われて、俺の意思なんて全く無視して機関、および紗友里自身の説明が始まった。っていうか、この前話されたことで全部じゃないのかよ。

 申し訳程度にコーヒーとクッキー、せんべいなどのおやつ類が振舞われたが、そんなことはどうでも良い。家に帰らせてくれ。

「まぁ、お恥ずかしいことに、前回、前々回ともに、召喚は失敗してベビーファングを呼び出してしまったわけですが……」

 そんなこんなで、冒頭に戻り、かれこれもう一時間くらい説明を受けている。なんか、居残り授業の気分だ。

「あ、ベビーファングというのは、その名のとおり、天魔の幼体のことで、わたしが呼び出したのは、シルバーファングの子供です。幼体にも同様にクラスわけがありまして……」

 彼女はとても熱心に真剣に教えてくれているが、俺がこんなことを知ったところでどうにかなるのだろうか。

「もちろん、成体には若干劣りますが、ベビーファングにも立派にイレギュラーを消滅させる力があります」

 そこまで終えたところで、彼女はふぅっと息を吐いた。

「と、今日はこの辺にしておきますね」

「え? 今日、は?」

 俺は聞き返す。

「ええ。こういうものは授業と一緒で、少しずつ着実にやっていったほうが良いのです」

 ニッコリと笑って、言い放つ。

 おい、それは初耳です。なに?それじゃ、この説明会は毎日続くのか?

「そうですね。一応、最低限のことを知っておいてもらわないと、ともにイレギュラーと戦う身であるわけですから、困ります」

 いやいや、共に戦う……戦う?俺が?待て待て、それはどういう……、

「だって、一緒に行動し、エネルギー供給源として戦場に出向く訳ですから、それはもう、一緒に戦うということでしょう?」

 むぅ……言われてみれば、そうかもしれない。

 俺はなんとなく納得してしまった。だが、それって、かなり危険なんじゃないのか。

「もちろん、危険は伴います。でも、全人類のために戦うのです。名誉ではありませんか。それに、あなたの身の安全は、わたしが全力をもって確保しますので、安心してください」

 手のひらを自分の胸に当てながらいう紗友里はとても勇ましい。が、こんなポケポケしてそうな少女に言われてもいまひとつ心配なのは、俺だけか?しかも、俺が見る限りは百パーセントの確率で召喚失敗しているんだぞ?

「それに、もしもわたしで対処しきれなくなった場合は、上の方も来てくれるでしょうから、大丈夫です。あなたも一応、一般市民の一人、わたしたちはイレギュラーから一般市民を守るのが使命ですから」

 なんだかなぁ。

 俺の不安、心配なんて少しも解消されていないが、まぁ、彼女の可愛さに免じて、今日は引き上げることにしよう。そう思った。ってか、家に帰りたい。

 俺と紗友里は入ってきたのと逆をやって、あのビルの正面から外に出た。そこにはやはり、黒塗りの車が待っていた。これだけはいいね。なんか、ビップ待遇みたいでさ。

 家の前に乗り付けられても困るので、裏の人気のない路地で降ろしてもらうことにする。彼女は無邪気に「ではまた明日。ごきげんよう」といって、見送ってくれた。

 時計を見ると、午後五時ちょっと過ぎ。これが毎日続くのか。となれば、親になんて言おうか。うちの親、基本的には放任主義のくせして、変なところは厳しいからな。

 適当に……部活、とか……?だが、なに部だって言おうか。

 スポーツ系の部や吹奏楽部とか演劇部とかは、大っぴらに発表やら大会やらがあるので、もしもの時にばれ易い。ではどうするか。そう、あまり目立たない、誰も注目せず、あるのかないのかも定かではないような部が一番良い。だが、あまりにマイナー過ぎたり、マニアック過ぎたりすると、俺自身の評価も危うくなるので、注意が必要だ。

 ………………。

 …………。

 ……。

 で、結局こう言ったね。

「あ、俺、地球を守る献身的同好会に入ったから」

 ああ、そうさ。俺はバカだ。

 だが、聞いてくれ。子供は無からは生まれない。

「あら、そう。あんまり遅くなるようなら、途中で連絡するのよ」

 ノーウェイトで母はそう言ったのだ。

 なんか、いろんな意味で我が親を尊敬した。すげぇって。

 というわけで、俺の人生はヘンテコな方角に進路をとったまま、とりあえず安定しそうである。

 安定していいのか?

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