第6話

俺が一人では到底抱えきれない非現実に遭遇し、ぐったりねっちょり疲れ果てていたとしても、入学式の次の日はほぼ百パーの確率で学校がある。あるどころか、今日から本格的に高校生活が始まるのだ。

 いろいろなことを一気に説明されたせいで、俺の頭の中はまだふわふわと宙に浮いているような感覚だ。授業、まともに聞けるかな。

 で、高校の玄関に到着したところで、重大なことに気付いたね。もうそれはあまりに重要なことで、すっかり忘れていたものだから心の準備も出来てはいなく、高校生活二日目にして早速不登校児となってしまおうかと思った。

 俺に、変人レッテルが貼られたままってこと。

 これだよ、忘れていたよ。俺は初日の朝の時間ですでに命取りとも言える奇行をしていたのだった。ああ、ヤバイ。

 憂鬱という感情がこんなに明確に解ったことは未だかつてない。

 でも、逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだぁ!

 個人的に少し懐かしいフレーズに勝手に可笑しくなってから、勇気ある一歩を踏み出す。

 ガラガラ。

 …………。

 非難の目、もしくは哀れむ目を想定して開けた教室のドアだったが、意外にも誰も反応しなかった。

 ほほう、そうか。関わるとまずいのでシカト作戦か。それはもっと日にちが経ってからだと思っていたが、最近のやつらはえげつないな。いきなりガチンコか。

「あ、おはよう、狭山君」

 暗澹とした気分で立ち尽くしていると、斜め横の方から明るい女子の声が飛んできた。俺は首を微弱に動かして、そちらを見る。

「あれ?違ったっけ?」

 応えずにいる俺の態度を勘違いしたのか、少し申し訳なさそうに言う。ええと、多分同じクラスの女子だろうけど、昨日の今日でクラスの女子の顔と名前を一致させることはもちろん、どの辺までがクラスメイトかでさえ把握することなんて出来てない。

「あ、いや、そうだよ。お、おはよう」

 返さなくては失礼だと思い、俺は言う。

「だよね、よかった。間違っちゃったかと思った」

 彼女はそれだけ言うと、通り過ぎて自分の席に着く。

「お、敏樹、早いな」

 相良だ。

「おう、相良」

 俺はとりあえず応えて、それでも若干挙動不審に辺りをきょろきょろとする。

「どうした? 誰か探しているのか?」

「ああ、いや。つかぬ事を聞いてもいいか?」

「なんだよ、改まって。ま、いいや。それでなんだ?」

「俺は変人か?」

 俺が聞くと、相良は眉をひそめて首をかしげる。

 じっくりと溜めて、

「……まあ、どちらかと言えば、な」

 そうか。やっぱりか……。うん? どちらかと言えば?

「あら、おはようございます、狭山君。相良君も」

 ドア付近で佇んでいた俺と相良に後ろから声をかけてきたのは、式守紗友里だった。

「どうしたんですか? 『朝、学校に来て見たら自分が予想していたのと違う周りの反応に驚いた』ような顔をして」

 いやいや、やけにピンポイントな顔をしていたものだな、俺。

「大丈夫ですよ。みなさんの記憶は、昨日の朝の段階から改ざんしておきましたので、あなたが何か、『目立ったことをした』という認識しかありません」

 耳打ちして彼女は微笑んだ。あなたの心配はお見通しです、といった感じの微笑だった。

「おい、なにこそこそ話しているんだよ、お前ら。もしかして二人は、深いお知りあい?」

 相良がからかう様に言う。

「あ、いや、ちょっとした知り合いでさ。その、入学前からの」

 俺はそう言ってごまかす。別にうそじゃない。

 相良はふうん、と頷いたが明らかにまだ疑っている表情で遠ざかっていく。

 まあ、いいや。ともかく、俺の変人疑惑は、皆の記憶の中から綺麗さっぱり欠落したらしいので、なんとか通常のスタート地点に戻ってこられたようだ。

 俺は安心して席に座る。

 面倒くさい状況には巻き込まれたままだが、とりあえずは普通に高校生活を送れそうである。

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