第5話

目を開ければ、茜色の空が見える。夕暮れか、なんて重いながら体を起こすと、どうやら俺は学園敷地内の中庭にあるベンチの上で寝そべっていたらしい。

 前にもあったな、こんなこと。また夢オチか?

入学式はどうなったのだろう。俺がここで眠っている間に、現実世界ではどこまで時間が進んだのだ?そして、俺の運命やいかに。

 何をどうやって理解してよいか分からなくなっている俺は、未だ夢見心地で緊迫感も現実感もない。今回の夢は最後にとってもおいしい思いをしたような気がするけど。

「あっ、気が付かれたんですね」

 むくりと上体を起こしたままでぼうっと空を眺めていると、後ろから僅かに聞きなれた声がした。

 首をひねってみてみると、あの少女が手に缶ジュースを二本持って立っていた。式守紗友里。しつこい夢だな。

「夢じゃないですよ」

 俺がやたらごしごし目をこすっていると少女はやんわり微笑んで言った。

 なるほど、式守さんは現実世界の人間か。では、今朝の入学式が始まる前の教室までは現実だったことになる。ふっ、俺の奇行は正真正銘のリアルだったということか。泣けてくるぜ。

「ごめんなさいね。巻き込んでしまって。さぞかし混乱していることでしょう」

 式守さんは俺の隣に座り、缶ジュースの片方を差し出した。派手な絵柄だが、よく見ると缶コーヒーだ。

「すべてお話します。あなたにはそれを聴く権利がある」

 彼女は言って、俺をまっすぐに見つめた。

「最初に、今まであなたが見てきた奇怪な現象、生物、事象、これらは全部現実です。夢でもなければ、幻でもない。人類が直面している危機です」

 へぇ。そうなんだ。で、これはなに?新入生歓迎かなんかの新手のドッキリ?

「信じられないのも無理は無いです。でも信じてください。あなただって今日も含めて、実際に二回も目にしているでしょう」

 少女の表情はいたって真面目なものだった。

「四ヶ月前、最初のときは、本当にすみませんでした。全くの異常事態で、ああするしかなかったのです。ですから、悪いとは思いましたが、記憶の改ざんをさせてもらいました。もちろん、周囲の破損した建物や、目撃してしまった人々にもこちら側が修復、改ざんを行いました。これは公にしてはいけないプロジェクトですので」

 なんか、ここまではSF小説にはありきたりな設定だな。リアリティが無い。

「今までも一般人を巻き込んでしまうことは数回ありました。その人からエネルギードレインしてしまうことも」

 エネルギードレインとは、あの急激に体力を奪われるやつか?

「ええそうです。天魔……召喚獣を呼ぶ際に必要となる生命力です。本来なら、ハンドバック程度の大きさのタンクにそのエネルギーを溜め込んで使用するのですが、前回はそれを持っていなかったのです」

 そういうと、少女はベンチの横においてあったらしいバッグをごそごそと探し、ハンドバック状の黒い物体を取り出した。

「これがそのタンクなんですけど、ちょっと色が可愛くないですよね」

 それを見つめながら、まじめな口調で言う。いや、可愛くないとかそういうのはどうでもいいと思うのだが。

「あ、それはおいておいて。私たちはすべて偶然だと思っていました。イレギュラー、それもあんな大きな不特定単数の出現を予測できなかったのも、あの場所にわたしがいたことも、そしてあのタイミングであなたがいたことも、ブリッツェンが突撃したことも。何もかも、偶然だと。でも、違いました」

「違ったって、何が?」

 意味深な物言いに俺は聞いた。

「あなたには、あのときの記憶がありますよね」

 記憶? ああ、ほぼ完璧にあるな。全部夢だと思い込んではいたけど。

「それは我々が施せた限界なのです」

 何を言っているのか良く分からないのだが。俺は困惑しきった顔で彼女の次の言葉を待った。

「普通の人は、わたしたちの行う記憶の改ざんで、ある一定時間の記憶が消滅します。消滅するということは、それを夢だと思わせたり、記憶違いだと思わせるのではなく、完全に消し去ってしまうということです。四ヶ月前の例で言えば、あの爆発音から後、隠蔽班が全ての作業を追え、街を元の状態にして帰ったところまでの記憶をスッパリと欠落させるということです」

 つまり、本来なら記憶操作をされた時点で完全に一連の事件のことが頭からなくなるってことか。では、何で俺に限ってそれが失敗したのだろうか。

「それなのですが、原因はまだ分かってはいません。現在分かっていることは、狭山敏樹さん、あなたは高科法術の極めて利きにくい体質であるということ。極度なエネルギードレインに耐えうる希な生命力を持っていること……」

 高科……なんだって? 希な生命力? あのう、聞いてばかりすまないが、馬鹿な俺にもすっきりはっきり分かるように説明してもらえるとうれしいのだが。

 俺がそう言うと、少女は頷いて先ほどの鞄からノートとシャーペンを取り出した。

「ちょっと時間をいただいてよろしいですか?」

 式守さんはそれだけ言ってなにやら一生懸命書き始めた。

 もしかして、長くなる?

「え、ええ。おそらく用紙二十枚以内には収まると思うのですが」

 ほう、それをこれから書いてくれるわけね。手書きで。大変そうだから、後日メールでもいいぞ。

「ダメです。国家機密を通常回線で送るなんて、何を考えているんですか!」

 怒られた。手書きで渡すのはいいのか? それとも、文章と図で説明し終えた後はすぐ燃やすとか?

「なぁ、ここじゃ何だから場所を変えないか? ファミレスとか、喫茶店とか」

 もうすでにガッツリと書き始めていた彼女は顔を上げて目をパチパチさせた。

「もう日も暮れるし、寒くなってくるからさ。ああ、もし何だったら説明は明日か明後日にして、今日は帰ろう」

 なんとなく長くなりそうなので、俺はそう提案したのだが、彼女は断固今日中に説明するといって聞かなかった。

 で、結局高校から一番近くにあるカフェで続きをすることになったのだが、彼女の書類を書く姿を見ている意外俺にやることがあるわけではなく、あとはひたすらにコーヒーを飲んでいた。

 最初のうちはなんとなく話しかけたりもしていたが、そのあまりの真剣さに声をかけるのも悪い気がしてきて黙り込む。

 延々と待つこと一時間。時計はすでに午後五時を回っていた。入学式の日に帰宅が五時以降って、どういうこと?

 何かをやりきった爽やかな表情で、式守さんは早速説明を始める。

「ああ、わたしのことは紗友里って呼んでください。コードネームはアンジュリカといいますが、それは日常ではさすがに恥ずかしいので」

 彼女はそう言って顔を赤らめる。可愛いな。さりげなくコードネームばらしちゃったけど、大丈夫なのかな。

 その後も更にたっぷり一時間ほどかけて説明が行われ、俺が家に着いたのは夜の六時半だった。まぁ、可愛い女の子とずっと一緒にいられたのはうれしいことだけど、なんか微妙に疲労が。

 散々ややこしい説明をされたので、いくら非現実のファンタジーが好きな俺でも復習と整理が必要である。


 まず彼女、式守紗友里の所属する組織。

 国がバックについている特殊機関で、高科法術と呼ばれる科学と魔法のあいのこを研究している団体なのだそうだ。その団体のもう一つの仕事が、突如現れる黒い実態を伴う影=イレギュラーの排除と隠蔽。組織名は、あっ、聞いてないや。

 次に高科法術。

 どこからどう考えても魔法にしか思えないが、彼女いわく超自然科学の延長にあるものなのだそうだ。細かい説明もされたが、俺のよろしくない頭では理解できなかったわけで。

 そして三つ目、イレギュラー。

 五年前から現れるようになった真っ黒黒の化け物。その形は多数あるが、今までで一番多かった形があの人型の巨人らしい。その正体は詳しくは不明。だが、この空間上の歪みによって出来る門から、事故的にこちらに来てしまう何者かであるようだ。これまで出現した全てのイレギュラーが問答無用に破壊活動を行い、説得等の平和的解決は不可能だったと、過去の記録から判明している。アジア、それも日本に集中して多く出現し、場所も時間もランダムだが、出現する数ヶ月から数時間前に、門が開くときに生じるエネルギーを感知することが出来るので、それであらかじめおおよその場所が分かるとか。別名、不特定単数とも呼ぶ。

 でもってこれの対処法だが、高科法術による攻撃か、同じく別世界から呼び出す「天魔」の力を借りた攻撃が有効。

はい、四つ目、天魔。

一言で言うと、召喚獣。

クラスで言うところの、第一級参士以上の法術者のみが使える、一種の空間特殊生物移動術。普段は事故的な要素で開く門を、強制的にこじ開けて、特定の物質をこちら側に呼ぶという技術。それによって呼び出される動物(?)の総称。この門の向こうの世界は、イレギュラーたちのいる世界とはまた別の世界だと言うことが分かっているらしいのだが、詳しいことは彼女もよくは知らないと言っていた。

と、この辺で一休み。

つまり、もうここまで聞いただけで、どこぞのファンタジー小説にありがちな設定と、ありがちな世界観だ。世界って不思議でいっぱいなんだな。いやいや、そうじゃなくて。

おかしいよね。基本からして。まず、一言言わなくちゃいけないのは、「現実を見ろ」ってことだ。次に妄想は良くない。そんでもって、酷いようなら精神科へ行け。

だってそうじゃないか。どう考えてもあり得ないよ。なに?秘密期間?高科法術?イレギュラー?全部ヤラセだよ、特撮だよ、フィクションだよ。実在する機関、名称とは一切関係ありません、ですよ。実際現実として証明が必要な理論部分は全部曖昧だし。

常人なら全否定だよ、全否定。

けどね、この目で見てしまっているんだなぁ。二回も。

あの「ドレイン」とやらも体験しちゃってるんだなぁ。二回も。

まぁ、四ヶ月前の事件と今日の入学式、見たこと自体が揺るがない事実なら、もうなし崩しに信じるしか選択肢は無い。あ~あ、おっこどしてしまったんだな、俺は平凡な人生を。道端に、ころころってさ。

では気を取り直して続きだ。

五つ目、俺の存在。

 まだ調査中なのでなんともいえないが、高科法術の利き難い特異体質らしい。そうだな、ファンタジーには主人公にありがちな特殊能力だ。それは置いておいて。しかも、一回の天魔召喚(しかもイレギュラーを一撃粉砕できるレベル)でドレインされた人間は、数日間動けないのが本来のようだ。が、俺はあの時もこの前も、数十分で回復している。といっても今日は紗友里がなんかしてくれたおかげだとは思うけど。

 そんなわけで俺は研究対象なのだそうだ。しかも、更に良くないことに、まだ憶測に過ぎないが俺自身が空間を歪ませて、本来の門の事故発生率とは別に門を発生させているのかもしれない、とまで言われる始末。え?俺悪者?

 納得しようがしまいが、そう説明されたのは事実であり、結局国の監視下アンド研究対象になった俺。日中の間、当分は式守紗友里と行動を共にすることが決定されたようだ。学校も一緒だし、それは問題ないだろう。かくして、現時点では安全な存在として、いや、便利な存在として緊急時のエネルギータンクの役割を果たすことになるようだ。

 おいおい、ちょっと待て。

 ということは、これからもあのイレギュラーが出現するたびに俺はあの「ドレイン」をやられるのか?勘弁してほしいけど……これも世界のためってか?

 まだまだ追求していけば疑問だらけなのだが、今日はこの辺でやめておく。疲労の溜まる一日だった。

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