第20話 応援

 地下研究室をおおかた調べ終えた工達は、受付のある一階へとやってきた。待合室やロッカールーム、大型のジムまで設置されていた。だがその殆どが瓦礫と化し、床が崩れかけている所も何箇所かあった。そして壁や床などの至る所に血が飛び散っており、この事件の悲惨さを物語っていた。

「こんなに金をかけて立派な会社を設立したのに、爆発で全て台無しですね」

 工は眼鏡をクイッと上げて辺りを見渡すと、憐れむ気など一切ないような口調で吐き捨てた。

「勿体ないよなあ……。せっかく作ったのに」

 そんな工とは正反対に、砂逅は心底残念そうな表情を浮かべて同情気味にぽつりと呟く。

「いい気味ですよ。あんなことしておいてなんのお咎めもなしだとこっちがイライラしますからね」

「あんなことって?」

「はあ……。この施設で行っていた人体実験のことですよ」

 工はウエストポーチから丸めた封筒を取り出すと、いつの間にやら印刷していた資料を砂逅に手渡した。

「さっき地下室で見つけたデータを印刷してざっとまとめておいたんです。その資料には人体実験についての詳しい結果が書いてあります」

 資料を受け取った砂逅は内容を確認しようとページをめくったが、専門用語が羅列した文面を見た途端げんなりとした。

「俺様に分かるように説明しろ!」

「ちょっとは自分で理解しようとしたらどうですか」

 蔑みに満ちた目で砂逅を見下した工は、渋々といった様子でこの施設の実験について説明を始めた。

「まず、トレードカンパニーが製薬会社だというのはあくまで表向きです。実際は違法な人体実験を行う会社で──」

「何でお前がそんなこと知ってるんだ?」

 工の話を遮るように砂逅が的外れな疑問をなげかける。

「……そんなのさっき調べたからに決まってるでしょう?僕も今まで製薬会社だと認識していましたよ。あなたが地下室で血だなんだと騒いでいる間に僕はちゃんと仕事をしていただけです」

 徐々に工の語気が強まる。それを察知したのか、砂逅は耳を後ろへ倒して黙り込む。

「いいですか、説明するので黙って聞いてください」

 有無を言わせぬその物言いに、砂逅はただこくりと頷いた。

「その人体実験ですが、恐らく、無敵の兵士を作ろうとしていたのだと思われます」

 予想もしていなかった話の流れに、砂逅はしばらくの間不思議そうに目をぱちぱちさせていたが、はっと我に返り口を開いた。

「無敵?兵士?い、一体それってどういう実験なんだ?」

「その資料の、確か四ページに写真があるはずです。黒く変色した木々が生い茂る森の写真です。どうやらその木々は黒皮菌という未知の菌に侵されているらしく、トレードカンパニーはその菌を持ち帰って秘密裏に研究していたようです。では続けてその次のページを見てください」

 どこかの教授のような口振りで説明をする工に促されて、砂逅は資料のページをめくった。

「ん?……うわあっ!」

 ページをめくった瞬間、砂逅はひどく驚いて資料を勢いよく床に放り投げた。

「ななな、ななんだこれ?!」

 砂逅が指差した資料には、全身の皮膚が黒く変色して焼け爛れた人間の写真が一面に印刷されていた。

「ああ、すみません。先に言っておくべきでしたね。ショッキングな写真が載っていると」

「い、今更言っても遅いぞ!」

 涙目になりながら訴える砂逅をよそに、工の説明は淡々と続く。

「そしてその菌に感染した木々の細胞にダメージを与えたところ、傷付いた細胞の回復速度が異常に早いことが判明したそうです。つまり、怪我の治りが早いということですね。そしてそれを人間にも応用することができたならば……」

「ほぼ不死身の人間ができる、ってことか……?」

 ようやく話の全貌を理解したようで、砂逅がおそるおそる問いかける。

「まあそういうことです。その写真の人達は、菌と適合出来ずに亡くなった被験者達です。全く、惨い話ですね。でも何よりも恐ろしいのは……この実験には、一件だけ成功例があったということです」

 工の一言で場が一瞬で凍りつき、資料を拾いあげようとしていた砂逅の手がピタリと止まる。誰も何も口にしないまま、長い沈黙が流れる。

「え?嘘、そ、そ、それって──」

 最初にその重苦しい沈黙を破ったのは砂逅だった。顔をひきつらせたままゆっくりと工に視線を向ける。

「本当です。たった一人、黒皮菌に適合した人間がいたと書いてありました。僕が思うに今回の事件、その被験」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

「な、何だ?!地震か?!」

 突然、大きな揺れとともにとてつもない轟音がトレードカンパニー内に響き渡った。二人は立っていることもままならず、床に崩れ落ちた。

「じ、地震にしては大きすぎます……!とにかく一旦外に!」

 護衛三人を含む五人はロビーからエントランスに向かって、地を這うような姿勢で移動してなんとか外に飛び出た。その直後、一気に瓦礫が崩れ落ちてきて大量の砂煙と共に一階部分を押し潰した。

「全く何なんですか!こんな危険な任務なら最初に言ってもらわないと困ります。こんなことになると分かっていたら絶対に辞退したのに……!」

 工は眼鏡越しに忌々しげな視線でトレードカンパニーをギロリと睨みつけた。

「た、工!そんなことより祐希達が!」

「い、いや、僕達だけじゃどうにもできませんよ!そうだ、本部に連絡しましょう」

 震える手でウエストポーチからスマホを取り出すと、善盈団本部に電話をかけた。

「……あ、もしもし佐藤です!今すぐトレードカンパニーに応援をお願いします!建物が倒壊して業さん達のチームが──」

 しばらく状況を説明して、疲れきった様子で工が電話を切った。

「もう少しで応援が来るそうです……」

 その言葉を聞いて少しほっとしたのか、砂逅はその場にへたりこんだ。

「祐希達、大丈夫かな……」

「分かりません。でも業さんがいますからきっと大丈夫なはずです。今はとにかく応援を待ちましょう。ああもう、最悪だ」


 それからしばらくして、善盈団のヘリが上空に現れた。降下用のロープがするりと垂れ、団員が次々と降りてくる。最初に、制服を着た護衛が六人。続いて、私服姿の団員が二人。うち一人は、紫がかったワインレッドの髪の男。もう一人は白金のメッシュが入った前髪で片目を隠した男だ。ナイロンのロングコートを靡かせながら、ワインレッドの髪の男が降り立つなり興奮気味に口を開く。

「さあて、ひと暴れしようかあ」

 黄色く鋭い眼光を放ち、背中にたずさえた大きな刃が二枚ついたノコギリのような危なっかしい武器を地面にザクリと突き刺した。

 その様子を見ていたメッシュの男は、眉間に深く皺を寄せた。

「……またこいつと組まされるのか」

「いいじゃんいいじゃん?俺とカイト、相性抜群だと思うけどなあ」

 カイトと呼ばれた男は、肺の中の空気を全て出し切る勢いの大きなため息をついてから工と砂逅に向き直った。

「状況は?」

 静かな声だが、僅かに苛立ったような口調だ。それを受けて、工が慌てて状況を説明する。

「二手に分かれて捜査していたんです。そしたら急に建物が揺れ始めて、僕達は急いで外に出たんですが、業さん、阿賀宮君、日ノ山君と連絡が取れないんです」

「そうか」

 一通り説明を聞き終わったカイトは、くるりと踵を返してたった一人で倒壊した施設へと足を踏み入れようとする。

「ちょっとちょっとお、作戦会議は?」

 ワインレッドの髪の男が引き止めようとするが全く聞く耳を持たず、瓦礫をかき分けながら一人でずかずかと入って行ってしまう。

「俺一人で十分だ。特に伐島きりしま、お前の力は借りない」

「あははっ、カイトってほんとツンデレだよねえ。可愛い」

 獲物を見つけた獣のようにニヤリと口角を上げて舌なめずりをする。

「じゃあ俺達行ってくるから、ちゃんとお利口にここで待っててねえ」

 ひらひらと手を振って二人にそう言い残すと、軽やかなステップでカイトの後を追いかけていく。徐々に二人の姿は遠ざかっていき、やがては瓦礫の向こうへと消えてしまった。

「はあ……。やっぱり怖えなあの二人!」

「まあ伐島君はいいとして、僕は高百合たかゆり君が怖いですよ……。クラス1の特攻班副班長ですからね。下手に怒らせたらこっちが死にますよ」

 工が辟易して答える。

「でもそんなカイトに尻込みせず突っかかっていく裂凶さくも大概だぞ……」

「まあ、確かにそれもそうですね。きっとあの人は犯罪者相手に拷問ばかりしすぎて頭のネジが何本か飛んでいるんですよ。とにかく僕達は一旦待機ですね。はあ……帰りたい」

 二人は、伐島裂凶と高百合カイトが見えなくなってからも、しばらくの間何をするでもなく、荒れ果てた現場をただ見つめていた。

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