第17話 思惑(2)

 七階を一通り調べ終えた僕達は、一つ下の階の六階の研究室を調べていた。爆発のせいでエレベーターが止まっており、研究施設内部の階段が脆くなっている可能性も否定できなかった為、屋外に設置されている鉄製の非常階段を使ってやってきた。

 七階の他の研究室はA-1で見つけたものと大差ないものばかりで、置いてある精密機器の種類などが違うだけだった。

 トレードカンパニーの研究室の数はかなり多く、安全を取って団体で行動していると流石に埒が明かないので、業さんの指示で護衛を一人ずつ付けて単独行動で捜査をすることにした。研究室はコの字型に並んでいるので、一人一辺ずつ担当することになった。

 事件解決の糸口になる手がかりが見つかることを願って、役に立ちそうな資料をかき集めて情報を得ているのだが、何せ内容が専門的なものばかりなので一部を理解できれば良い方だった。

 善盈団には様々な分野に特化した人達が集まっているので、持って帰りさえすればきっと誰かが解読してくれるに違いない。僕はそんな期待を抱いて片っ端から六階の研究室を調べていく。

 一辺の真ん中辺りの研究室に入ると、棚の上の方に赤くて分厚いファイルが数冊まとめられているのを見つけたので、手に取ろうと腕を伸ばしたのだが、あと数センチ残して腕が届かない。なにか台になりそうなものはないかと辺りを探そうとしたその時だった。

「生存者一名を発見しました!みなさん、一旦こちらへ集まってください」

 コの字型の真ん中の空洞を挟んだ向かいの研究室から業さんが顔を覗かせて、よく通る声で僕と碌君を呼んでいる。

 遺体や怪我人は捜査局が回収したはずだったが、まだどこかに隠れていたのだろうか。とにかく僕は業さんのもとへ向かった。

「腹部と頭部から出血あり。意識ははっきりしています。止血処置をお願いできますか?」

 業さんは護衛の一人に的確に指示を出すと、残りの護衛と共に研究室の端に置かれてあった背の低いアルミ製の長机の上に生存者を寝かせた。服装からしてここの研究員であることは間違いないだろう。確かに意識はあるが、事件のショックからか顔面蒼白で気が気ではないといった面持ちだ。

「どうやらこのデスクの下の収納スペースに隠れていたみたいです。這い出てきたのを発見しました」

 研究室中央に設置されている大きな机の下には広い収納スペースが設けられていた。大の大人でも三人程度は隠れられそうな広さだ。

 僕は、今更現れたこの研究員に対して一つの疑問が浮かんだ。

「なぜ捜査局が来た時に助けを求めなかったんですかね?」

 今本人に問いかけてもまともな返答を得られそうになかったので、その疑問を業さんにぶつけた。

「分からない。でも、捜査局を信用していない人間は実際多いからね。犯人のでっちあげや証拠の隠蔽なんて日常茶飯事なんだよ」

 業さんは珍しく語気を強めて吐き捨てた。その瞳は恐ろしいほど冷たく、静かな怒りに満ちているように見えた。

「ん?この人何か持ってるよ」

 止血処置を受けている研究員の様子を僕の後ろから伺っていた碌君は、研究員が必死で何かをこちらに差し出そうとしていることに気付いた。

「これは、ボイスレコーダー?」

 業さんが研究員からそれを受け取る。それは銀色の小型ボイスレコーダーだった。

「爆発が起きた時、私が録音した。捜査局には、渡したくなかった。それは決定的な証拠になる。この施設の人間が犯した……罪を……」

 研究員はそこまで言うとぐったりとして動かなくなった。最悪の事態を覚悟したが、どうやら息はしているようだ。極度の緊張が一気にほぐれて意識が遠のいたのだろう。

 あとは護衛の人に処置を任せることにして、僕達はボイスレコーダーの音声を確認することにした。

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