第16話 思惑(1)

「まったく……どこもかしこも埃だらけじゃないですか。最悪だ」

 工は、手で埃を払う仕草をしながら顔を歪めた。

「俺様、鼻がムズムズするぞ……」

 砂逅は、人一倍鼻が利くせいで、一人でずっとくしゃみをしている。

 捜査局の報告よると、爆発が起きたのは今工と砂逅がいるこの地下研究室だそうだ。爆発のせいで壁や天井が剥がれ落ち、塵が大量に舞っている。爆発してからかなりの時間が経っているというのにまだ視界が悪い。足元には瓦礫が散乱しており、現場の状況としては最悪だ。

 辛うじて一階のエントランスから地下に降りてこられたものの、いつ崩壊するか分からないような状態だ。

「地下の捜査は適当に終わらせて早く地上階へ向かいましょう。ここは気味が悪い……」

 工は怪訝な顔のまま地下研究室の真ん中に設置されていた金属製の手術台のようなものに視線を移した。その台には六つの金属製の枷が付いていて、どう考えても、人間の手首、足首、首、胴体の位置に枷が付いているせいで不穏な考えがよぎった工は身を震わせた。台の天板には赤黒い錆が広範囲に広がっていて、錆の独特な臭いを放っている。

 その周りには医療器具とみられるものや様々な精密機械が並べられていて、どれも見たことのないような、一歩間違えれば拷問器具のようなものまで置かれていた。

「まるで中世の拷問部屋ですね……」

 荒れ果てた部屋の重い空気に押し潰されそうになりながら、二人は手がかりを探ることにした。

 工は、部屋の隅に設置されたデスクトップ型のパソコンを調べようと慣れた手つきでパソコンの電源を入れた。そして、ポケットから怪しいUSBを取り出してUSBポートに差し込むと、なにやら操作を施した。

「パスワードなんて、こんなのハッキングすれば一発で突破できるよ。……はい、完了、と」

 ものの数秒で大手製薬会社のセキュリティを鮮やかに崩すと、パソコンに保存されていたファイルに目を通し始めた。

「細胞の研究か……DNAを未知の菌と結合……」

 本当に目を通しているのか疑いたくなるほどのスピードで次々にファイルを確認していく。普段は嫌味に感じてしまうくらい常に敬語で話している工だが、誰に問うわけでもなく独り言を言っている時は、語尾から敬語の気配が消えるようだ。

「砂逅君、何してるんですか。突っ立ってないで捜査をお願いしますよ」

 しばらくパソコンの画面に食い入るように見入っていた工だったが、すぐにファイルをおおかた読み終えて、さっき見つけた手術台のようなものの前で立ちつくしている砂逅に声をかけた。

「こ、これ……血じゃないか……?」

「……何?」

 工は握っていたマウスを放り出して早足で砂逅のそばに駆け寄ると、砂逅が指さす方を確認した。

「まさか、これ全部、血だったのか……」

 砂逅は手術台の方を指さしていた。さっき錆だと思っていた赤黒い汚れは、注意深く見ると錆ではなく、乾きかけの血だった。まだ乾いていない部分が所々てかっていて生々しい。手術台のすぐ下の床にも血が滴っている。

「な、なあ……早く出ようぜ……」

「嫌なら先に一階を調べてください」

 工は、今にも消え入りそうな砂逅の声を一蹴すると、血のついた手術台からサンプルを器用に採取して蓋付きのシャーレのような容器に入れ、鞄にしまった。任務出発の前まではあれほど嫌がっていたにも関わらず、興味のそそられる事柄が目の前に現れると好奇心が止まらなくなるらしい。

 結局砂逅も一人で捜査をするのはやめて、工と一緒に地下研究室をもう少し調べることにした。

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