第15話 実験結果
──また誰か来た。よそ者。なんの意味もないのに。俺たちは永遠なのに。どいつもこいつも邪魔をしやがる。邪魔をするなら殺す。お前ら全員殺してやる。もう誰にも傷付けさせない。
「……ねえ、また来たよ。逃げて……」
「逃げないよ。置いていかないよ。大丈夫だから」
血にまみれた彼女の手をそっと握りしめた。彼女だけが俺の救いだった。それなのに何故。
結局全部あいつらのせいだ。くだらない欲求を追い求めた結果がこれだ。
籠の中の鳥に命を奪われる気分はどうだ?ただの実験体だったモノに反旗を翻され、いとも容易く壊される気分はどうだ?
まだこんなんじゃ足りない。彼女の痛みを知れ。俺達の痛みを。
俺は混濁していく意識の中で強く誓った──。
トレードカンパニーの屋上の階段から七階へと下りてきた僕は辺りを見回した。
この建物は中央部分が一階まで吹き抜けになっていて、その吹き抜けを中心にしてコの字型に研究室などの部屋が設けられているようだ。ほとんどの部屋がガラス張りで視認性が良い。
なんとなく部屋の中を覗いてみると、多少物が落ちたりして散らかっているものの、特に爆発の被害を受けた様子はなかった。
「七階はやはり無事だったみたいですね」
「崩壊したのは二階までと罰さんも言っていたしね。でももしかすると、足元が崩れやすくなっているかもしれないから念の為注意して進もう」
業さんの指示に従いながら七階の研究室を片っ端から調べていくことにした。
一番端の、扉にA-1と書かれた部屋に入ると、そこには研究の資料と思しき大量の紙の束や机に並べられた顕微鏡、棚には薬品や機械の部品などがずらりと並べられていた。いかにも研究室といった雰囲気だった。物の量は多いが、綺麗に整頓されているせいか圧迫感はさほどない。
業さんと碌君が各々捜査を始めたので、僕も何か手がかりを得ようと、研究の資料らしきものが挟まれた薄汚れた木製のバインダーを手に取った。
「細胞の活性促進の実験結果についての報告書……?」
そこにはなにからなにまで難しい専門用語で書かれた実験結果の報告が日付別で事細かに記されていた。
なんとなくだが文の雰囲気から察するに、生物の細胞の活性化を促進させて傷の治りや病による肉体の損傷の回復速度を速める為の研究のようだ。
トレードカンパニーは製薬会社なのでそういう実験を行っていたことは特に疑問に思わなかったが、もし傷も病気も一瞬で治ってしまう生物が作り出されたなら、と想像すると得体の知れない恐怖を感じた。確かに病で苦しむ人が減るのはそれはそれで素晴らしいことなのだろうが、なにかこう、生き物としての摂理を放棄しているように感じられた。
難解な熟語が並べられた文面からもう一つ読み取れたのが、実際にこの実験を動物で試したということ。まさか成功したのかと一瞬ひやりとしたが、結果は失敗、の文字を見て僕はほっとした。
皮膚に火傷をおわせてその傷の回復を観察する実験だったようだが、回復スピードは速まったもののその後急速に細胞の分裂のスピードが低下し全ての実験体が死んでしまったそうだ。
人類の進歩の為に数々の動物たちの命が犠牲になっていることを無理やり再確認させられたようで、罪悪感を感じた。分かってはいても、目の前でそれが起こっていることを確認させられれば尚更だ。
ふと部屋の奥に目をやると、黒い大きな布がかけられた一角を見つけた。僕は注意を払いながら近づいて、そっと布をめくった。
そこにはちょうど僕の胸ぐらいまでの高さのシルバーラックがあった。三段あって、一番下の段には段ボールに乱雑に収納されたよく分からない白いビニール袋や、ジッパー付きの袋に入ったなにかの餌のようなものがあった。真ん中の段も一番下の段とほぼ同じで中身の分からない袋が沢山収納されていた。
三段目にはガラス張りのケージが置かれており、その中で三匹の白いラットが飼育されていた。さっきのなにかの餌のようなものはきっとこのラット達のペレットだろう。
バインダーの報告書にあった実験体は全て死んだと書かれていたのでこの子達はまた別の実験体なのだろうか。
「わあ、ネズミさんだ」
気がつくと僕のすぐ後ろに碌君がいた。
「可哀想に、ご飯が入ってないよ」
碌君が眉を八の字にして悲しそうな顔でケージを見つめているので、さっき見つけたペレットを碌君に差し出した。
「多分これ餌だと思うんだけど……」
いつ何が起こるかわからない緊迫した状況下で、動物の命を気にかけている自分に対して若干恥じらいの感情が湧いたが、碌君はそんなこと微塵も感じていないといった風に嬉しそうに袋を受け取ってラット達のケージに餌を撒いた。
何かに対して手を差し伸べる行為は全て偽善だと思っていたが、偽善だとしても自分の心に無意識に湧いた善意を快く受け取ってもらえた気がしてほんの少しだけ嬉しかった。
「業さん、このネズミさん捜査が終わったら持って帰ってもいいですか?」
碌君が急に突飛な発言をするので、業さんは一瞬不意をつかれた表情をしたが、証拠品の持ち帰りということにしておくならいいよ、と言って認めてくれた。
「祐希君は、なにか手がかりは見つかった?」
業さんが資料の束を手にして、なにかの証拠になりそうなものはないかと辺りを見回しながら僕に問うた。
「あ、はい。細胞の活性促進の、実験結果についての、報告書……?というものを見つけましたが、書かれている内容が専門的で全ては分かりませんでした」
木製のバインダーを業さんに渡すと、真剣な表情で黙読を始めた。
「ああ、なるほど……菌か……」
「菌……?」
急に菌の話になったのでどういうことかと業さんに尋ねてみたが、相当集中して読んでいるのか返答がない。
業さんのことは暫くそのままにしておこうと思い、僕はまだなにか手掛かりがないかその辺の棚を調べて待つことにした。
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