第14話 任務開始

「あ、見えてきたね。あの白い建物がトレードカンパニーだよ」

 三十分程ヘリで移動し、辺りがビルから山に変わり始めた頃、業さんが山に囲まれてひっそりとしている一角を指さした。

「あれは……外壁がかなり剥がれ落ちている。きっと爆発の影響だろうね」

 確かにそこに白い建物はあったが、外壁の所々が剥がれ落ちていて黒く焼け焦げた跡もあった。業さんの言う通り爆発のせいだろう。建物が傾くほど崩壊してはいないものの、その様子は明らかに只事ではない事件が起きたことを証明していた。

 ヘリが徐々に高度を下げて、トレードカンパニーの屋上の上でホバリング状態になった。

 さっき移動中に説明を受けたのだが、ここから屋上にロープを垂らしてそれを伝って降りるという、アクション映画さながらの降下法をとるらしい。もちろん命綱はある。

「みんな降下の準備はいい?」

 業さんが心配そうに僕の顔を覗き込む。きっと恐怖で顔が青ざめていたのだろう。

「適度な緊張は判断力を研ぎ澄ますためのいい材料になるからね。パニックになるのは良くないけれど、どれだけ任務に慣れていても緊張はするものだから焦らなくても大丈夫だよ。僕達もついている」

「ありがとうございます……もう、大丈夫です」

 しっかりしろ。皆に迷惑をかけてどうする。初任務だからと言い訳をして皆の足を引っ張るようなことはしたくない。

 僕は深く息を吸って、今一度気合いを入れ直した。

 ヘリのドアが開くと、業さんが手際よく屋上へとロープを垂らした。

「僕に続いて降りてきてね」

 そう言ってなんの躊躇いもなく業さんはヘリから飛び降りた。

 ほんの少しだけ身を乗り出して下を覗くと、業さんがこちらに向かってオーライのハンドサインを出している。心の準備ができていない僕は全くオーライではないのだが、どうやらこちらの心配は伝わっていないらしい。

 続いて碌君も降下する。少し躊躇い気味に飛び降りたのを見て、業さんとは違って恐怖心というものがきちんと備わっているんだな、と失礼な事を心の中で呟いた。

 二人が屋上からこちらを見上げている。ヘリの操縦士も、三人目はまだ降りないのかといった表情で操縦席からせわしない目線を送ってくるので、半ば自暴自棄になりながら落下防止の金具をロープに装着した。

 よし、後は後ろ向きにドアから飛び降りるだけだ。僕はもう一度着地地点の屋上を確認した。

 さっきまでの移動中はかなり高いところを飛行していたので、距離感が分からなくなってさほど恐怖はなかったのだが、今は降下の為に高度を下げているせいで、もろに高さを認識できてしまって恐怖で足がすくんだ。

 5カウントだ。5カウント数え終わる時に飛び降りる。そう自分に言い聞かせた。

 詰まる喉を無理やり開いて深く息を吸いながら、心の中でカウントを始める。

 5……4……3……2……1……

 僕は瞼を強く閉じたまま、意を決してヘリの足場を蹴った。エレベーターに乗った時のような浮遊感に襲われる。それからすぐに足裏にドン、と鈍い衝撃が加わった。

「いやあ、凄いね。完璧だったね」

 ゆっくり目を開けると目の前に業さんがいた。その後ろに碌君もいる。なんとか着地は成功したようだ。僕が降下してからすぐに、護衛の三人も慣れた様子で降りてきた。

「はあ……死ぬかと思いました……」

 普通に立っているだけなのに足が震えてふらふらする。ただ現場に到着しただけだというのに一気に疲労感に襲われた。

「砂逅君と工君は地上のエントランス付近に降下してそのまま地下室を調べに行くから、僕達も早速七階の調査といこうか」

 業さんを先頭に、僕はおぼつかない足取りで屋上の中央付近に備え付けられている非常階段を下りて七階へと向かった。

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