第13話 面影
「そうだ、祐希君。出発の前に制服に着替えないとね。ロッカールームに用意してあるから案内するよ」
そういえば制服をまだ貰っていなかった。初任務が先送りになるのに従って制服の付与もまだだったのだ。
僕は任務へ出発する前に業さんに連れられてロッカールームへと向かった。
「新品の制服か……ふふ。きっと似合うよ」
僕の制服姿を想像しているのか、碌君は一人でにんまりとしている。
「さあ着いたよ。ちょっと待っててね」
第二会議室から出て最初の角を右に一回曲がっただけですぐに到着した。
きちんと分別されているゴミ箱と長椅子以外に無駄なものは殆ど無く、ずらりとロッカーが並べられているだけだった。
業さんが僕の制服を用意してくれている間他の皆は各々のロッカーの前で手馴れた様子で制服に着替えている。
「お待たせ。これが祐希君の制服だよ。着てごらん」
業さんがロッカールームの奥からビニールで丁寧に梱包された新品の制服を持ってきてくれた。
「祐希君は僕と同じクラス3だから、中のベストはネイビーだよ。というか、今回のメンバーは全員クラス3だから一緒だね」
素早く着替えを終わらせた皆が僕の所へ集まってきた。確かに皆の制服のベストの色は僕と同じネイビーだった。だがいくつか違う箇所がある。
「あの、業さん。碌君の胸元に付けているバッジの色が皆と違いますけど何でですか?」
皆の胸元のバッジの色はブルーなのだが、碌君だけはゴールドだったので不思議に思って業さんに尋ねた。
「ああ。バッジの色は団員のステータスを表しているんだよ。班長はゴールド、副班長はシルバー、その他団員はブルー。碌君は生体管理保護班の班長だからゴールド。因みに僕も殺人事件捜査班の班長だからゴールドだよ」
業さんは少し自慢するようにウインクをして自分のバッジを僕に見せてくれた。
「それともう一つ。腕章っていうのがあるんだけど、腕章の色は各班によって様々で一目で何班に所属しているか識別出来るようになってるんだ。僕と祐希君は殺人事件捜査班だからピンクだよ」
貰った制服を確認してみると、業さんの説明通りブルーのバッジとピンクの腕章が同封されていた。
「見ろ!俺様と碌は黄色だぞ!良いだろ!」
砂逅君が右腕を掲げて僕に腕章を見せてくれた。どうやら生体管理保護班は黄色らしい。
「あの、工君は……黒?」
「グレーです」
ロッカールームの隅っこで待機していた工君は、僕の問いかけを電光石火の如く否定した。なんだかまた怒らせてしまったような気がして申し訳なくなったが、隠密情報収集班はグレーらしい。
僕はロッカールームに備え付けられている全身鏡の前に移動した。そして、そこに映る自分を見て思わず赤面した。寝癖でぼさぼさのまま急いでここまで来たことを忘れていたのだ。こんな身なりで真剣な顔をして会議に参加していたと思うとどうしようもなく恥ずかしかった。
アイロンをかけずに畳んだせいでしわしわになってしまったシャツと、よれよれのジャージのズボンを早々と脱ぎ捨てて今さっき貰った新品の制服に身を包んだ。袋から出したばかりなので、畳まれていた箇所に若干折り目がついている。
ダブルボタンのベストも、かっちりとしたジャケットもオーダースーツのようにぴったりだ。スリムなスタイルのスラックスも見た目よりはストレッチが効いていて動きやすい。
最後にバッジと腕章を付ければ完璧なのだが、ネクタイを結ぶのを忘れていた。というより、ネクタイというものを結んだことがなかったので後回しにしていた。
「あの、すみません業さん。ネクタイって……」
分からないままうじうじして時間を無駄にするより、無知な事を恥じずに堂々と聞いてしまった方がまだましな気がした。
「ここにこっちを通して……こう引っ張る。ほらできた」
案の定業さんは嫌な顔も馬鹿にした顔もせずに、丁寧に結び方を教えてくれた。
「うんうん、似合ってるよ」
碌君が小さく拍手すると、砂逅君もそれに乗じて似合ってるぞ、と目を輝かせた。
七五三かなにかの祝い事のときのように服に着られている風になっていないかと心配だったが、皆の反応を見て少しだけ安心した。
「よし。じゃあばっちり制服にも着替えたことだし、出発しようか」
「はい、待たせてしまってすみません」
僕は控えめに皆に向かって頭を下げた。
「はあ……」
奥でスマホを横画面にして動画かなにかを見ていた工君がのっそりと立ち上がってこちらを睥睨した。たかが着替えにどれだけ時間をかけてるんだと、眼鏡の奥の瞳が物語っていた。
「現場までは二機のヘリで移動するからね。僕と祐希君と碌君、工君と砂逅君で分かれよう」
てっきり車移動だと思っていたのでヘリコプターで移動すると聞いて面食らった。若干だが高所恐怖症の気があるので不安だ。
僕達は業さんの案内でエレベーターに乗り、善盈団本部の屋上に辿り着いた。
エレベーターの扉が開くと同時に、ヘリコプターのプロペラが回る音が鼓膜を揺らした。至近距離で耳にするとかなりうるさい。二機分となれば尚更だ。
「足元、気を付けてね」
ベリベリと轟音を立てて回るプロペラの暴風に少々足を取られたが業さんに体を支えてもらいながら搭乗して、しっかりとシートベルトを締めた。
「じゃあ上昇するよ。大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
任務へ向かう緊張なのか、ただ単に高いところが怖いのか、大きい音にびびっているだけなのか自分でもよく分からなかったが僕は反射的に大丈夫ですと断言した。
業さんが全員の安全確認を済ますと、ヘリの操縦士に手で合図を出した。それとほぼ同時に体が浮遊する感覚に襲われる。焦ってシートベルトをぎゅっと握り締めた。みるみるうちにヘリポートのマークが小さくなっていく。
「どう?怖くない?」
「高すぎて、なんというか逆に怖くないです……」
業さんが何もかも初体験の僕をあまりにも優しく気遣ってくれるので、思わず赤面しそうになったが、思っていたより恐怖感はなかった。きっとあまりにも高い所にいるせいで眼下に広がる景色に立体感がないからだろう。
僕たちが乗っているヘリの後ろから砂逅君工君チームのヘリもついてきているようだ。
「祐希君は凄いね。初任務でこんな事件なんて、普通は皆辞退するよ」
「正直、辞退は考えました。でもそんなこと言える立場ではないので……」
──そういえば、業さんの初任務はどんなものだったのだろう。ふとそんな疑問がよぎった。
「あの、業さんの初任務はどんな事件だったんですか?」
「僕かい?……大したことないよ」
自嘲気味にぽつりと呟くと、業さんの表情が僅かに曇った。ヘリの窓の向こうの何を見るわけでもなく、ただ遠い過去を思い出しているような目をしている。
「ただ、祐希君を見てるとさ、昔の自分を見ているような気がして放っておけなくてね」
そう言った業さんの表情はいつもの穏やかな笑みを取り戻していた。
業さんが昔の自分と僕を重ねている……詳しくは分からないが、業さんも誰か親しい人をなくしたのだろうか。
話の続きが気にはなったものの、僕はこの話題にそれ以上踏み入ることはしなかった。
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