第4話 邂逅(2)

 ——この人達も大変そうだな、と思った。コンクリートでできた花壇に腰掛けて、一連の話を隣で聞いていた僕はため息をついた。若い隊員達が次々に仕事を辞めていく理由は分かる。自分の無力さに気付いてしまうからだ。何人も犯人を捕まえているのに犯罪は減らない。残った遺族からはお前らが無能だからと罵られ、日々凄惨な現場を目にする。こんな仕事は、頭のネジがすっとんでいる人間にしか続けられない。

「祐希君、多分今回は防邏軍が全て担当すると思うから」

 隊員達は、少し申し訳なさそうな顔で僕を横目に捉えながら、現場である桜田さん宅へと入っていった。今回の事件は防邏軍が担当することになっている。

 自分は軍の人間ではないから、中に入れてもらえないのは重々承知していた。何か手がかりがあるかもしれないと思い来てしまったが、いざこういう状況になってみると仲間外れにされているようで少し寂しい。稀に防邏軍と僕達善盈団ぜんえいだんで共同捜査をすることはあるが、今回に関しては完全に団員が入る隙はなさそうだった。善盈団とは、簡単に説明すると裏の治安部隊みたいなもので、捜査局、防邏軍と密に関わっている組織だ。普通に生きていればその存在を知ることはない。まあ実際は、局と軍が手に負えないと判断したやばい事件ばかり回されてくる事件の墓場みたいな場所なのだが。それに、団員も一風変わった世間ズレの激しい人間ばかり集まってくる。

 ここで待っていても埒が明かない。隊員達の仕事が一段落するまでどこかで待っていようと思い、近くの公園に移動することにした。

 ——が、数メートル程歩いた時、それは突然に訪れた。キーン、と耳を貫くように鋭いモスキート音が徐々に頭の中で増幅していく。それと同時に周囲のざわめきがすっと消えていく。何が起こったのか分からず、ただ冷や汗をかきながら立ち尽くした。己の心臓が脈打つ音だけが聞こえてくる。

 その静寂を破ったのは背後から聞こえた男の声だった。揺らぎのない静かな水面に、一粒の雫を落とした様な、透き通った声。それでいて、底知れぬ冷たさを纏った声。──聞き慣れた声。

「……どう?見てくれた?」

 先程よりもさらに激しく体が硬直する。目線すら動かせぬまま、僕は悟った。

 ——空だ。

 あの日の絶望と同じ絶望が僕を襲った。空が僕の姉を殺したと知った、あの日と同じ。全身から血の気が引いていくのが分かる。

 スニーカーの踵がアスファルトに擦れる音が、ゆっくりと近づいてくる。そしてその音は、僕の丁度右斜め後ろでぴたっと止まった。

「もしかして、中に入れないの?」

 僕は、硬直する体を無理矢理動かして声のする方を見た。上体を少し屈めて、不思議そうな顔をしてこちらを見上げる空がいた。

「あー、そっかぁ、今回は防邏軍が仕切ってるんだね。残念」

 心做しか、先程よりも少し楽しそうな声色に聞こえた。

「な、な、何で……」

 震える唇からやっとの思いで絞り出した言葉は、たったの三文字だった。

「何でって、何が?」

「ど、どうしてここにっ……!」

「どうしてって、ちゃんと祐希が見てくれたか確認しないと意味ないからさ」

 その言葉は、今回の事件の自白とも取れるものだった。

 さっきこっそりと鑑識の人から大まかに話を聞いただけだったが、それでも分かる。今回の殺人はあまりにも猟奇的すぎだ。それなのに、目の前の犯人は自分がやったことをただ褒めて欲しい、認めて欲しい、そんな子供のような純粋な目をしていた。

「後で隊員さんに写真かなんかで見せてもらえたりするのかな?その時ちゃんと見てよね。今回のは傑作だよ、前のよりもっと派手にしてあげたからさ」

 ぴょんぴょん、と小さく跳ねながら何やら呟いている。

「今日でちょうど一年だね。ずっと考えて、やっと分かったんだ。償いの方法が。これが僕の出した答えだよ」

 話しかけられているのに内容が全く頭に入ってこない。自分の目の前に殺人鬼がいる。自分の目の前に、たった一人の〝友達〟がいる。何故、何処で、何時から、こんな事になってしまったのか。

 恐怖で固まっていたはずの体は気付けば力が抜け、涙が静かに両頬を伝っていた。

 遠くでドアが開く音がして咄嗟に音の方を見た。隊員達が現場を一通り確認し終わり、桜田さん宅から出てきたところだった。半田以外全員顔色が悪く、浮かない顔をしているのが遠目でも分かった。

「……じゃあ、またね。祐希」

 その声ではっと我に返り、もう一度後ろを振り返った。

 空はもういなかった。先程までの空との会話が全て夢だったのではないかと思える程、目の前の世界は現実味を取り戻していた。

 再びキーンと音がして、次第に周りの騒音が鮮明になっていく。その場から自分だけが隔離されたようなふわふわした感覚も、次第に薄れていった。

 ——じゃあ、またね。祐希。

 さっきの空の言葉が脳内で再生される。また、いつか、会えるのだろうか。その時はまた誰かを殺めた後なのだろうか。もうこれ以上罪を重ねるのはやめてほしい。僕は、底知れぬ絶望と虚しさで、糸が切れた操り人形のようにアスファルトに崩れ落ちた。声も涙も出せないまま、ただ膝を抱えて震えるしかなかった。目の前が徐々に暗くなっていく──。

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