【邂逅】

第3話 邂逅(1)

 二〇二三年七月二十二日。

「おぉい土間どま、揃ったか?」

 酒焼けなのか、もとからなのか分からない渋いハスキー声でそう発したのは、土間俊也しゅんやの上司の半田宗次はんだそうじだった。三十八歳、独身。防邏軍ぼうらぐんの隊員達の中では、何を考えているか分からない鬼隊長として有名だ。鬼隊長の低いバリトンボイスが、早朝の住宅街に響き渡る。普段は車通りも少なく閑静な住宅街だが、今日はやけに騒がしい。殺人事件が起こったからだ。半田は、三本束ねて火をつけた煙草を深く吸うと、空に向けて一気に吐き出した。どう考えても直接肺に煙を入れているであろう吸い方を見て、土間はあからさまにげんなりした。以前、半田に憧れて試しに一本だけ吸ったことがあったのだが、案の定豪快に噎せてしまい、それ以来煙草は吸っていない。

 半田は、キッ!っと一瞬、土間と三人の隊員達の方を睨み、いや、別に睨んではいないのだろう。元からああいう目付きなのだ。それから少し間を置いて口を開いた。

「さっき鑑識のやつらから聞いたんだが、家ん中はエライことになっとるらしい」

 僅かに肺に残った煙を怠そうに吐き出しながら、土間達にそう告げた。

「え、あの、つまり、それは、どういうことで……」

「死体だよ。殺され方が普通じゃないんだとよ」

 土間の言葉をぶった斬るように半田はそう言うと、また一口、深呼吸をするように煙草を吸ってから続けた。

「さっきの報告にもあったが、殺されたのはこの家に住んでいた桜田道雄、その妻の順子、そして順子の妹の田渕実咲の三人だ。生存者は一人。桜田夫婦の娘の桜田舞だ」

 何の感情も感じ取れない話し方で、事件の概要を淡々と述べた。

「今回の捜査に関しては、抜けたいやつは抜けていい。というより、今後もこの仕事を健全な精神で続けていきたいのなら抜けろ」

 隊員達は、突然の半田の言葉に理解が追いついていない様子で、お互いの顔を見合ってきょとんとしている。

「俺は頭が逝っちまってるから、現場を見たところで特に何とも思わねえがな、お前らみたいなガキが見るもんじゃねえよ」

 土間は、見た目によらず優しいなこの人は、と一瞬思ったが、その後の「お前らが辞めると俺の仕事が増える」の一言に、淡い期待は砕かれた。照れ隠しなどではなく、心からそう思って言ったように感じたからだ。まあ昔からそうなのだが。

「取り敢えず無理はするな。行けるやつだけで行くぞ」

 半田は、鑑識の人達に軽く礼をして規制線で囲われた桜田さん宅の門扉を開けた。

「あ、ちょっと半田さん!煙草!」

 土間は、火をつけた煙草を持ったまま家の中に入ろうとした半田を急いで呼び止めた。

「あっ、あの、煙草は、まずいですよ……」

 半田の為にいつも持ち歩いている携帯灰皿を胸ポケットから取り出し、恐る恐る差し出した。

「……真面目かよ」

 物凄く怪訝な顔つきで、嫌々煙草を消した半田はチッと小さく舌打ちをして、玄関の扉を開けて中へと入っていく。結局、捜査から外れた隊員達はいないようだった。

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