第2話 縋る
『番組の途中ですが、ここでニュースをお伝えします。昨日の午前七時頃に、室好地区東風間にお住まいの日ノ山さん一家が自宅で死亡しているのが発見されました。捜査局によりますと、この家の息子である日ノ山祐希さんが第一発見者で、コンビニへ出かけて家に戻ったところ、家族が倒れているのを発見し、通報したとのことです。殺害されたのは、祐希さんの父親の日ノ山洋二さんと母親の日ノ山明里さん、姉の日ノ山千尋さんの三人で、捜査局は殺人事件の可能性があるとして捜査を進める方向です。事件から一日経った今日も周辺の学校などでは、校門の前に局員らが立って、警戒を強めています』
取り調べ室の外に立っている局員のスマートフォンから、悲惨なニュースが流れてきた。
「これ、あの子がやったと思うか?」
中年太りの局員が、中で取り調べを受けている中学生の男子生徒を指さして言った。
「いやあ、確かに怪しいが、ちゃんとコンビニの監視カメラに映ってたからなあ」
たっぷりと無精髭を蓄えたもう一人のすらっとした局員は、どこか腑に落ちない様子だ。
「しかも、あんな子供が一気に三人も殺せると思うか?俺は間違いなく、複数人での犯行だと思うがな」
中年太り局員は、なかなかの推理だろう、といわんばかりに自分に浸っている。
「俺もそう思うんだがな……」
無精髭の局員が、思い悩むようにして言葉を濁した。
「思うんだが、何だ?」
その問いかけに、更に顔を俯かせたあと、心を決めたように口を開いた。
「あの子、どうやら虐待されてたらしいんだよ」
その場にどんよりとした暗い空気が漂った。
「それで家族を恨んでて、全員殺しちまったんじゃあねえかなあ……」
「だ、だったら監視カメラの映像はどう説明するんだよ。日ノ山さん一家が殺されたと思われる時刻に、祐希君はコンビニにいたんだぞ」
証拠があるじゃないかと口を尖らせ、少々むきになって中年太り局員が反論した。
「そうなんだけどなあ。……まあでも、今回は俺らの担当じゃないから、余計な詮索はよそう。放っておけばすぐ解決するさ」
スーツのラペルをぴしっと整えてから、行くぞ、と気合いを入れ直して二人は取り調べ室をあとにした。
「で、犯人に心当たりは?」
疑念の眼差しで日ノ山祐希にそう問うたのは、ベテラン局員の
「……」
取り調べ室の質素な机を挟んで本辺の前に座っている祐希は、俯いたまま何も答えずに、ぼんやりと机の上を見つめていた。長い前髪が両目にかかっていて表情が読みづらい。
「ないならない、あるならある。なんとか言ったらどうだ」
本辺は語気を強め、だんまりを決め込む祐希に痺れを切らしていた。事件に関する手掛かりを何一つ聞き出せないまま、二時間半が経過しようとしていた。
本辺が疲労困憊の表情を浮かべていると、ガチャリ、と取り調べ室のドアが開いた。
「高圧的な態度は良くないぞ」
——わかめのようにうねったセミロングの黒髪に、生気を発していない黒い瞳、煙草臭いよれよれのジャケットを羽織った長身の男が、遠慮もなしにずかずかと入ってきた。
「まともに尋問しろ。そろそろクビにされるぞ」
そう言いながら本辺の隣のパイプ椅子に、ドン、と勢いよく座り、深いため息をついた。
「俺はいつでもまともに仕事してるさ!だいたい何でお前はいっつも捜査局にいるんだ?お前は軍の隊長だろう」
本辺はこれ以上ないほどに眉をひそめて、男の挑発的な態度に負けじと応戦した。
「うるせえ。そんなことよりこの事件は俺ら
「防邏軍が……?まさか、犯人は連続殺人犯で、地区を跨いでまた次の事件を起こしたってのか?」
「あくまでも可能性だ。それに、局長からの命令だぞ。素直に従え、誤認逮捕マン」
小学生が考えたようなクオリティの低いあだ名を付けられた本辺は、顔を真っ赤にして男に詰め寄ると、両手で胸ぐらをがばっと掴んだ。本辺の怒りは沸点に達したようだが、半田はというと、入ってきた時の仏頂面を一切崩さずに、取り調べ室の天井を仰いでいる。今にも殴り合いの喧嘩になりそうな雰囲気の中、祐希は微動だにせずただ静かに二人の前に座っていた。その異様さに気づいたのか、本辺は胸ぐらを掴んでいた手をそっと離し、気まずそうに目線を逸らしてそれ以上言い返すことはしなかった。
「……じゃあ後は頼んだぞ。この様子じゃあ、どうせ何も聞き出せやしないだろうがな」
負け惜しみの一言を吐き捨てて、本辺は取り調べ室から出て行った。
僅かな静寂が流れた後、男は乱れた襟を整えながら、胸ポケットから血が付着した一枚のメモ用紙を取りだした。
「祐希君、これちょっと見てくれるか」
そう言って祐希の目の前にメモ用紙を置くと、顔を覗き込むようにして質問をした。
「これ、誰が書いたか心当たりあるよな。昨日、事件が起きてすぐの現場検証で君の部屋の机の上に置いてあったのを見つけたんだが」
その問いかけを聞いた瞬間、今まで顔色一つ変えずに無言を貫いていた祐希が、僅かに唇をピクリと動かした。その一瞬を男は見逃さなかった。
「大丈夫だ。俺は君がやったとは思ってない。ただ、何かを隠しているのは流石に分かる」
そこで言葉を区切って、一呼吸置いて椅子に深く座り直してからまた話し始めた。
「君は、犯人を知っている。このメモを書いた人間をな」
さっきまであれだけ偉そうに人に喧嘩を売っていた人間とは思えない真剣な眼差しで、祐希に問いかけた。
「君にとって特別な人間なんだろ。だったら俺が止めてやる。だから詳しく聞かせろ」
約一分程お互いに沈黙した後、祐希の背中を押すように一言付け加えた。
「ガキが一人で背負うには重すぎるんだよ」
ぶっきらぼうに男が言い放った言葉は、どこか温かく感じられた。
「……話します」
ようやく顔を上げた祐希の目からは、大粒の涙がとめどなく溢れていた。
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