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 大学というのは孤独な場所だ。

 義務教育ほどに縛られず、高校のように熱量がない。

 行きたいままに足を伸ばしたところで密な関係は生まれず、面倒に自ら足を突っ込まなければならない。

 ホームと呼べる教室はなく、どこにも居場所を見つけられない。

 ああ、教授を除く。

「ただいま、竹葦教授。もうすぐ学会ですね」

 相変わらず古びたセンスの格好で猫蚤が現れる。

「この時代に音声と画像が未だに最先端なのが納得いきませんよね」

「しょうがないだろう。人類は視覚と聴覚の奴隷だ」

 訪問早々愚痴が漏れる若者に苦い笑いが出てくる。

「車が買える値段のヘッドフォンは認められるのに一昔前に4DXが出てきた時、流行らなかった原因はそこだと思うんですよね。嗅覚が満たされたところで、そこには惹かれないものですよね」

「五感のうち失うなら嗅覚だろう」

「当たり前です」

「視覚と聴覚はいつの時代も贅沢品だ」

「香水は認めますがね」

「着けるのか」

「一応は」

「っくだらん」

 壁も愉快げに笑う。

 フェロモンがなんだ。

 野生的でいたいなら裸で歩けばいいものを。

 香りを纏うとは言い得たものだ。

「就活は順調だったな」

「教授にご迷惑をおかけせずに済んで何よりですよ」

「頼る気もなかっただろう」

「そんなことはないですよ」

「君が出て行くとは考えられんな」

 本音か建前か判断できない。

 猫蚤は苦く眉を歪ませて応える。

 真新しいカーテンが億劫に揺れ、風をふわりと包む。

「竹葦教授は、珈琲派ですか。紅茶派ですか」

「こう……」

 ああどうしてこうも響きが似ている。

 意地悪な二択じゃないか。

 決まっている。

 いつも自分で淹れるのは珈琲であり、◯◯君が淹れるのは紅茶だ。

 沸騰したお湯を無礼に注ぎ、蒸らしもしない。

 それでもあの味に慣れてしまったら……

「紅茶、ありましたね」

 鉄の缶をカパリと大きな手で捻り開け、銀色の包みを取り出す。

 そうだ。

 それは◯◯君が買ってきてくれたもの。

「カップは勝手に選んでいいですか」

「馬鹿げたパンダの持ち手のものにしてくれ」

「こんなデザインもお持ちなんですね」

「貰い物だよ」

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