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 壊れた鸚鵡の戯言が、チクチクなり続ける。

 新しいカーテンが慣れない白い壁は不満そうにため息を漏らし、主人の弱々しい体を見下ろしては息を溜めた。

 このまま静寂の中で空気となってしまう人間味の薄れた老人。

 そこに息吹を吹き込むように窓が開いた。

「ご存命ですか、教授」

「……三芳君、それを人は冗談と呼ばないものだよ」

 軽々と窓枠を跨いで入ってきた助教授に目を細める。

「理由なく休講申請とは、とうとう辞めどきですか。こんなこと、軽口でないと聞けないですからね」

「昨日も誰かに叱られたよ」

「誰ですか」

「誰かだ」

 二年ほど空白にしている誰かさ。

 猫蚤はすでに卒論実習に入っている。

 研究室に訪ねてくるのは足立と彼くらいか。

 いや、しかしもっと強烈な存在だった。

 三芳が電気ポットを開き、呆れた声を漏らす。

「レンジはともかく、これまで収納場所にしてどうするんですか。温かい飲み物は定期的に摂ってください。心配ですよ」

 中に詰まったポストイットを難儀そうに取り出す。

 そこに書かれた殴り書きを見ないふりして。

 不審な動きをする彼の手元の山に脳髄が揺さぶられる。

「そうだ。茶葉を聞こうと」

 銀色の缶なんだ。

 映像は出ている。

 でも、しまった場所がわからない。

 それを知っているのは三芳君じゃない。

 猫蚤でも、足立でもない。

 更新順序に誤りが生じたのだろうか。

 困った。

 あの紅茶はどうすれば見つかるんだ。

 そんなに飲みたい味でもなかったろうに。

「教授……」

 三芳は同じ一言が書かれた紙の山を握りしめた。

ー手伝ってくれ、○○君ー

 名前の空白には苦しげなペンのぐねった跡が残る。

 二年前に更新した竹葦の脳から当時の准教授の存在は一掃された。

 代わりに組み込まれたのが猫蚤という生徒だ。

「ファイル整理、進んでないようですね」

「ああ、手伝ってくれ」

 代わりを埋めるに自身の存在はあまりにも心もとない。

 三芳は研究室を出た後に、ある人物へ連絡を取った。

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