更新順序

1

 連打。


 連打。


 ファンクションキー左から五番目。


 表示されえぬ一番上を、上塗りしたい。


 連打。


 連打。


 まだ見えてないだけ。


 新しく生まれ変わるんだ。


 ありえない。


 連打。


 指先ひとつで変えられるほど脆くないのに。


 連打。


 指が滑り数字の六番目が左上に飛び出した。


「また遅刻ですか、教授」

 定刻を過ぎたゼミ研究室の入り口、生意気な生徒が噛み付く。

 足立だったか。

 彼の後ろの研究室で猫蚤の姿を確認する。

「早くペン先ひとつで君の怒りをなかったことにする装置でも開発されないものかね」

 若い体を押しのけ、ゴムリングを右手の二本の指に填め込み、空中にスライドを出す。

 まだ何か言いたげであった足立だが、講義を妨害する気は毛頭ないらしく着席する。

 学部内でも少数の六人という家族のようなゼミ生を見渡す。

「前回の議論ログを確認する」

 速記も書記も必要ない。

 声に出せばそれが確かな記録になるのだ。

 一体いくつの職業が機械に、文明に奪われたのだろうか。

 無機物の中でも競争は繰り返されてきた。

 プロジェクターは小型化が進み、レアメタルの使い道が閉鎖されていく。

 なんという時代が来てしまったのだろうと新書からは嘆きの叫びが次々と吐き出されて、価値のある仕事はアイドルのみとなってくる時代も来るかと期待すれば、CGが人間を置いていく。

 いささか傷心に浸ってしまった。

「では、今日の議題は……」

 鼓膜を揺るがすほどの虫の声が溢れる。

 また、暴走か。

 記憶が体ごと過去に引きずり込もうと。

 何度目のこと。

 そのまま沈んでしまえたらと望んだところで、まだ力は弱い。

 目の前を捨て去るほど体は現実を嫌っていないようだ。

 猫蚤の懐疑的な目線を受け止めながら、機械的に口を動かしていく。

 逆行できない時間軸を無様に歩いていかなければならなかった人生に告げる言葉あるだろうか。

 答えてくれる人工知能愛玩具も買うつもりはない。

 埃を積むゴミにしかならないのだから。

「教授、また散らかしたんですか」

 口うるさい准教授の影も薄く溶けていく。

 整理してもらった記録だけが色濃く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る