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 困ったことになった。

 なったらしい。

「お手持ちのパスワードはご利用いただけません」

「なあにを言ってるんだ」

 後ろの長蛇がくびをもたげる。

 早くしろと。

 何を遅れてるのだ。

「パスワードは廃止されたよ」

「暗号も使われない」

「電子計算も記憶媒体」

「信号がとってかわったんだ」

「番号なんてない」

「じゃあ数なんていらんだろ?」

 誰も答えなかった。

 記憶格差というやつか。

 脳に保存した暗号たちは?

 壁に尋ねても嘲笑される。

「教授、終わりました」

 美しい文字の羅列を見せる画面。

「ああ、お疲れ」

 いつもなら逃げるように帰っていくのだが。

 やはり、今日は違うか。

 肩に力のない松篠を眺める。

 准教授として毎日顔を合わせてきた。

「ここ辞めたらどこ行くんですかぁ……」

 上擦った声は耳に障る。

 意識が飛びそうになるのを留める。

 いい天気だ。

「んー、まだ記憶法がない国にでも」

「笑えませんっ」

 松篠が怒っている。

 空気は張りつめて固まる。

 びりびりと。

 雨の日の髪のように。

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