日時

1

 チクチク。


 チクイ。


 チクチク。


 チクイ。


「やめないか。お前は本当にうるさい」

 見下ろしてくる白い壁にぼやく。

 竹葦は乾燥した指の間接を小刻みに擦ると、沸いた湯を注ぎにカップを取り出す。

「茶葉……茶葉……」

 銀のアルミ缶なんだ。

 三芳が福岡に出張したときにお土産に持ってきたものがあったはずだ。

 トロピカルローズとかいうネーミングセンスの欠片もないオリジナルブレンド。

 味だけは確かだった。

「竹葦教授、おはようございます」

 白い扉を重々しく開け、輝く声紋が見えそうな挨拶をする老紳士が現れる。

 白衣の下にはグレイのシャツとぴっちりした藍色のジーンズ。

「相変わらず若いですねえ、斉田せんせ」

 隙間なく扉を閉めて、のんびりと揺れながら窓に足を進める。

「ち、く、い教授もですがねえ」

「やめてくださいよ、同じような言い方は」

 怪訝そうに眉を上げたが、斉田は何も言わずに壊れたカーテンを指で挟んだ。

 布切れと化したそれは、長年の埃が繊維まで染み着いた深い色を出している。

「いい加減買い換えましょうよ。経費なら余っていますでしょう」

 事務と三十年の付き合いの斉田はポケットから花柄の付箋を取りだし、棚のペン立ての中身を探る。

「ああ、良いですよ。結構です。このシルエットが気に入っているんですから」

 トン、と手にしていたボールペンを離して呆れた顔で部屋を眺めた。

「にしてもね、竹葦教授。有名ですよ、大学一乱れている研究室だと」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る