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「おっ、ら行まで復元完了しました。二度と違反しないでくださいね」

 気だるく立ち上がった松篠は、そう言い捨てて出ていった。

 隣室に住み込む権利を与えたのは間違いだったか。

 いやしかし、彼は助手としては大学一優秀だと評価している。

 二番手は三芳だが。

 ワックスで固めたオールバックの茶髪が切れかけた蛍光灯の光に反抗して煌めく。

「結婚しないのか」

「またお尋ねになられる……しませんよ。松篠のこともありますが、怖いのです」

 記憶を新たに作る行為が恐怖の対象となって三十年。

 五十音かけるアルファベットかける漢字かける数字。

 そうして膨れ上がっていく記憶の容量。

 管理システムとして政府は第三の院を設立して法律を乱立しまくった。

 縛らねば。

 規則を作らねば。

 ああ、滑稽だった。

 なんとも。

「教授は」

「うん?」

「結婚は」

「そうだなあ……」

 不味いスープを飲み干して、夜空から降り続ける光を網膜に溶かしてみる。

「私の脳には入らんよ」

 本心からの吐露であった。

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